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その十六 竜胆
しおりを挟む江戸市中をねり歩き、鈴ヶ森の形場へと向かう一行。
馬上の人となった竜胆をひと目見ようと、通りには大勢の見物人が押しかける。
ふつうならば数多の好奇の視線に晒され、罵詈雑言の嵐にて、ときには石すらも投げられるのが市中引き回しの刑。
だがその日ばかりはちがった。
漏れ聞こえてくるのは、切ない溜息吐息ばかりにて、なかには別れを惜しみすすり泣く声まで。
着ているのは罪人の粗末なそれであり、決まりの通りに体には荒縄がかけられてある。
いちおう身なりこそは整えられているものの、あくまで最低限だ。
しかしそれすらもが竜胆の美貌を少しも損なわなかった。
むしろ、少しやつれた横顔がいっそうの艶となっているほど。
心なしか、彼女を乗せている馬の面までもが誇らしげに見える。
もちろん吉原の花魁道中のような華やかさはない。
けれどもこれから死出の旅路へと向かう行列は、えもいわれぬ荘厳さを確かに備えており、見る者たちを魅了した。
◇
混雑を嫌って先に形場に入っていたわたしは、竜胆を連れた一行が静々とやってくるのを物陰にて出迎えた。
うしろにぞろぞろと大勢ついてきている。
彼女にすっかり参ってしまった江戸っ子たち。老いも若いも男も女も、武士や町人に僧侶どころか犬まで混じっているのには、心底驚いた。
「あれが傾国、狂華と名高き女か。ふーむ。あれほどの器量ならば盗賊なんぞせずとも、何でも手に入れられたのではないのか」
世が世ならば、女を巡って戦でも起きかねない。
竜胆とはそれほどであったのだ。
どうにも解せぬと、わたしは首をかしげずにはいられない。
鈴ヶ森の刑場を区切る柵の向こうは黒山の人だかり。
数日前から場所取りをしていた剛の者から、わざわざ遠眼鏡や足場となる縁台なんぞを持ち込んでいる者までいる。
万一に備えて、役人側も相当の数を揃えているが、もしも見物客らが暴徒と化し一斉に押し寄せたら、とてもではないが防ぎきれまい。
「あの女がひと声助けを求めたら、えらいことになりそうだなぁ」
のんびりそんなことをつぶやけば、近くにいた検分役の一人の耳に届き、キッとにらまれた。
いまにも小言が始まりそうな気配を察し、わたしは首をすくめてそそくさと退散。
自分に用意された控えの幕内へと逃げ込んだ。
◇
ひとりにて。
まぶたを閉じ、心身を整える。
外の喧騒を意識より排除し、いつものごとく、ただひと振りの刃となるべく精神統一をする。
物心つく前より父に徹底的に仕込まれているので、ほんのふた呼吸ほどにてその境地へと達する。
そこには何もない。
ただ灰色の世界に、黒い線となった地平がどこまでも続いているだけ。
善悪も美醜も優劣もない。光も影もなく、人であろうと獣であろうと関係ない。
刃の前で命は等しく命。
わたしはただそれを斬るのみ。
果てに訪れる死の静寂もまた等しく、さらにその先にあるという三千世界については知らん。
あいにくとそっちは坊主の領分にて、わたしの預かり知らぬこと。
控えの幕の外より「刑の準備が整った」と告げられたので、わたしは静かにまぶたを開けた。
◇
わたしが姿をあらわすと、それまでずっとうつむいていた竜胆が顔をあげて、ぱっと晴れやかな笑みを浮かべた。
「あれ、うれしや。ようやく念願がかないました。ここまで来るのに、ほんとうに長かった」
それは極悪非道の女凶賊「火車」というよりも、一人の乙女のようであり、わたしはつい「はて? それはどのような」とたずねずにはいられない。
すると竜胆の口から語られたのは、世にも奇妙な女の物語であった。
◇
かつて関八州にて勢力を拡大し、名をあげつつあった竜胆。
ひそかに江戸市中へともぐり込み、あちらこちらを見物がてら、獲物の品定めをしていたところ、小耳に挟んだのが岩竜と武士の意地をかけた首盗り合戦の話。
なにやら面白いことになっている。これはぜひとも見ておかねばと、竜胆は勝負の場へといそいそ出かけた。
そして彼女は見た。
仁王が地獄に墜ちて鬼になったかのような、あの岩竜の太い首をすっぱり一刀のもとに、やっつけてしまった若武者を。
みなが落とされた首の、あまりの恐ろしい形相におののいているというのに、ひとり竜胆だけは若武者から目が離せなかった。
瞬間、全身を春の夜の稲光のごとき閃光が駆けめぐったという。
心を占めた想いはただひとつ。
「あぁ、最期を迎えるのならば、自分はこの御方に斬られたい」と。
それは生きとし生ける者が持つ、生への渇望と似て非なる、死への憧憬。
誰もがこうありたいと願う、理想の自分の姿を内に秘めている。
こうなりたい、こう生きたいという願望がある。
竜胆のそれが、この日以来、山部三成という男に斬られて果てるというものになる。
だが、たんに斬られるのでは駄目。
最高の舞台で、二人の時間を過ごしたい。たとえ刹那の逢瀬となろうとも、一瞬の永遠を共有したい。
そうすることで自分という存在を相手の中に深く深く刻み込む。
それこそ、魂そのものに焼きつけて、幾度生まれかわろうとも、けっして消えないぐらいに。
盗み、奪い、殺し、犯す……。
ありとあらゆる悪徳に手を染め、怨嗟と阿鼻叫喚を子守歌として、血みどろの地獄道を歩んできたのは、すべて、この日、この時、この一瞬を迎えるため。
◇
愛や恋慕というにはあまりにも壮絶にて鮮烈なる想い。
それでいて邪恋と呼ぶには、あまりにも一途。
「歪んでいることは重々承知。それでもこの想い、成し遂げずにはおれませなんだ」
こちらの目を見つめ、想いのたけを吐き出した竜胆。
その瞳を受けて、わたしはハッとする。
「もしや、そなたがずっと江戸働きを続けていたのは……」
瞳をうるませた竜胆が小さくうなづく。
どこまでも真っ直ぐで、どこまでも熱い。
火車と呼ばれた女凶賊。
その苛烈な生きざまは、すべてわたしへの想いの裏返し。
女の情念の炎が足下からじわりと這い上がり、じょじょに我が身へとまとわりつくのを、わたしはたしかに感じた。
けれども同時に、それがけっして不快ではない自分がいることに少々戸惑う。
これまでにも恋文の類は山と届けられたが、かつてこれほどまでに全身全霊にて、それこそ人生を賭してまで、想いをぶつけてきた者はいなかった。
方法は狂っているのかもしれない。
邪悪かと問われれば、そうだとしか答えようがない。
だというのに……。
あぁ、自分はこの女が嫌いじゃない。むしろどこか好ましいとすらも感じはじめている。
そう考えたとたんに、口をついて出たのはこんな言葉であった。
「そうか……。しかしこのわたしのいったい何が、そなたの琴線に触れたのやら」
自分を見つめるわたしの目に熱がこもるのを感じたのであろう。
ゾクリとするほどの妖艶な笑みを浮かべる女凶賊、「お知りになりたいですか」と言った。
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