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その十七 こわれもの
しおりを挟む鈴ヶ森の刑場にてくり広げられる、首切り役人と稀代の女凶賊の問答。
それは奇妙な時間であった。
長いようで短くもあり、なにやらぬるま湯につかっているのような心地良さすらある。
太鼓の音が三つで首を刎ねる手順となっているのだが、いっこうに鳴り始める気配がない。
もしかしたら、この時間もまた竜胆が所望したのかもしれない。
まぁ、それはどうでもいい。
それよりもわたしの何が、竜胆という女をそこまで駆り立てたのか。
どうしても知りたくなったわたしはたずねずにはいられない。
「あぁ、ぜひとも」
焦れてわたしが催促をすれば「ならば竜胆と、名前を呼んでくださいまし」と女はしなをつくる。
思えばすでにこの時、わたしは彼女の術中にはまっていたのであろう。
海千山千の女凶賊と、ある意味箱入り育ちのわたしとでは、しょせん駆け引きなんぞが成立するはずもない。そしてわたしは武士のなりはしているが、矜持なんぞは微塵も持ちあわせていないから。
「わかった。では竜胆、ぜひとも教えてほしい」
あっさり兜を脱いで教えを請う。
あまりにもてらいのない態度にて、逆に竜胆の方が「まぁ」とおどろいたほどである。
「ふふふ、ほんにふしぎな御方。ですがこうして念願かなったことですし、お教えしましょう。三成さまのいったい何が、このわたしをこれほどまでにふるわし、狂わせたのか。……まず最初に惹かれたのは、その瞳」
「目?」
「はい。じつはわたくし、何度も刑場に足を運んでは、三成さまの仕事ぶりを拝見しておりました。だからこそわかるのです。あなたさまは、誰よりも命に対して公平であると」
いかなる罪人であろうとも、いかなる身分の者であろうとも、いざ首を刎ねる段にそれを見下ろす瞳には、いっさいの蔑みも憐みも憎しみも浮かんではいない。かといって路傍の石ころを見るのともまたちがう。
「ご自身ではお気づきではないのでしょうが、とても真摯なのですよ。三成さまのまなざしは。外道畜生と罵られ、後ろ指をさされ闇の底を這いずりまわって生きてきた、わたしたちのような人間が、他者からは絶対に向けられないような目で見つめてくれる。それがどれほどの救いとなることか」
そこでいったん言葉を切った竜胆。
やや頬が紅潮しており、どこか恍惚とした表情すら浮かべながら言った。
「ですが何よりも惹かれたのは、そのありよう。ただひと振りの刃のごとく、わたしの目には三成さまが映りました。錦の袋や桐の箱にしまわれてあったり、床の間に飾られてあるような、まがい物ではありません。正真正銘、人を斬るためだけに鍛えあげられた本物の刀。わたしはひと目みて、その極上の宝刀がたまらなく欲しくなってしまいました」
竜胆の告白を聞いて、わたしの脳裏をよぎったのは、かつて我が父山部無我に強く惹かれたという、若かりし頃の荻原丘隅さまと山脇正行さまたちの話。
同じだと思った。
彼らは、山部の剣に魅入られてしまったのだ。
いや、もしくは触れたことで壊れてしまったというべきか。
お二方の場合には家や立場など枷となるものがあったが、竜胆にはそれがなかった。
だから竜胆は本能のままに、駆け、蹂躙し、喰らい、そして人であることをやめてしまった。
かつて父に命じられるままに母を斬った、わたしと同じように。
その結果、竜胆は猛る美獣となり、わたしは首切り用の刃となった。
「ふむ。どうやらわたしたちは似た者同士であったらしい」
独りごちたわたしは、竜胆の耳元に顔をそっと近づける。
「じつは……」
こっそり打ち明けたのは、己にまつわる秘事の一切合切。
まことをぶつけてくる相手に、自分をいつわるのはちがう。そんな想いに突き動かされたがゆえの衝動からの行為。
ひょっとしたら怒り出すかもしれないと考えたが、そうはならなかった。
むしろ竜胆は喜色満面となる。
「あぁ! なるほど、そうか、そうでしたのね。天地の狭間に生まれし男と女、人は数あれども。だからこそ、わたしはこれほどまでに、あなたさまに惹かれてしまったのです。自分のことを理解してもらえる、唯一無二の相手であったればこそ」
人は不器用な生き物。
血を分けた家族ですらも、愛し合う恋人同士ですらも、お互いを理解するのが難しい。
ましてや人の領域を飛び出した者なれば、誰が好んでこれを理解しようとなんぞするものか。いや、しようとしたとて理解できようはずもない。
とどのつまりは壊れた者同士、馬が合ったということ。
ただの悪行を重ねた程度の壊れ具合では足りぬのだ。
それこそ魂の根底から歪んでしまわないと。
わたしの場合は、この身に流れる一族の血があり、そうなるように山部の家に育てられた。
そして竜胆は生まれ持った素養に、環境が合致した。
どうしようもないほどに人の理、人の枠からはみだした者同士。
誰かに心から理解される。
誰かと心から繋がれる。
それを心から実感できるよろこび。
これがもたらす幸福感は、えもいわれぬ愉悦。
はたして世に産まれ落ち、これを知ってから死ねる者が、どれほどいるものか。
関八州を暴れまわり、江戸市中をも恐怖のどん底へと叩き落し、捕縛後には稀代の美貌にて数多の人間たちを惑わした「火車」と呼ばれた女凶賊。
竜胆はその幸福のうちに逝った。
晒し場の獄門台に飾られた首は、死後ですらもその美しさを損なわない。
決まりでは三日二夜の間、晒されることになっているのだが、ここでふしぎなことが起こる。
二日目の晩のこと。
首が忽然と姿を消したのだ。
よからぬことをたくらむ輩を警戒して、篝火を絶やさず寝ずの番が大勢詰めていたのにもかかわらず。
一陣の風が吹き、舞いあがる粉塵。
おもわず目を閉じ、ふたたびまぶたを開けたときには、すでに首は煙のごとく消え失せていたという。
かなり厳しく捜索されたのにもかかわらず、首の行方はようとして知れない。
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