御様御用、白雪

月芝

文字の大きさ
17 / 29

その十七 こわれもの

しおりを挟む
 
 鈴ヶ森の刑場にてくり広げられる、首切り役人と稀代の女凶賊の問答。
 それは奇妙な時間であった。
 長いようで短くもあり、なにやらぬるま湯につかっているのような心地良さすらある。
 太鼓の音が三つで首を刎ねる手順となっているのだが、いっこうに鳴り始める気配がない。
 もしかしたら、この時間もまた竜胆が所望したのかもしれない。
 まぁ、それはどうでもいい。
 それよりもわたしの何が、竜胆という女をそこまで駆り立てたのか。
 どうしても知りたくなったわたしはたずねずにはいられない。

「あぁ、ぜひとも」

 焦れてわたしが催促をすれば「ならば竜胆と、名前を呼んでくださいまし」と女はしなをつくる。
 思えばすでにこの時、わたしは彼女の術中にはまっていたのであろう。
 海千山千の女凶賊と、ある意味箱入り育ちのわたしとでは、しょせん駆け引きなんぞが成立するはずもない。そしてわたしは武士のなりはしているが、矜持なんぞは微塵も持ちあわせていないから。

「わかった。では竜胆、ぜひとも教えてほしい」

 あっさり兜を脱いで教えを請う。
 あまりにもてらいのない態度にて、逆に竜胆の方が「まぁ」とおどろいたほどである。

「ふふふ、ほんにふしぎな御方。ですがこうして念願かなったことですし、お教えしましょう。三成さまのいったい何が、このわたしをこれほどまでにふるわし、狂わせたのか。……まず最初に惹かれたのは、その瞳」
「目?」
「はい。じつはわたくし、何度も刑場に足を運んでは、三成さまの仕事ぶりを拝見しておりました。だからこそわかるのです。あなたさまは、誰よりも命に対して公平であると」

 いかなる罪人であろうとも、いかなる身分の者であろうとも、いざ首を刎ねる段にそれを見下ろす瞳には、いっさいの蔑みも憐みも憎しみも浮かんではいない。かといって路傍の石ころを見るのともまたちがう。

「ご自身ではお気づきではないのでしょうが、とても真摯なのですよ。三成さまのまなざしは。外道畜生と罵られ、後ろ指をさされ闇の底を這いずりまわって生きてきた、わたしたちのような人間が、他者からは絶対に向けられないような目で見つめてくれる。それがどれほどの救いとなることか」

 そこでいったん言葉を切った竜胆。
 やや頬が紅潮しており、どこか恍惚とした表情すら浮かべながら言った。

「ですが何よりも惹かれたのは、そのありよう。ただひと振りの刃のごとく、わたしの目には三成さまが映りました。錦の袋や桐の箱にしまわれてあったり、床の間に飾られてあるような、まがい物ではありません。正真正銘、人を斬るためだけに鍛えあげられた本物の刀。わたしはひと目みて、その極上の宝刀がたまらなく欲しくなってしまいました」

 竜胆の告白を聞いて、わたしの脳裏をよぎったのは、かつて我が父山部無我に強く惹かれたという、若かりし頃の荻原丘隅さまと山脇正行さまたちの話。
 同じだと思った。
 彼らは、山部の剣に魅入られてしまったのだ。
 いや、もしくは触れたことで壊れてしまったというべきか。
 お二方の場合には家や立場など枷となるものがあったが、竜胆にはそれがなかった。
 だから竜胆は本能のままに、駆け、蹂躙し、喰らい、そして人であることをやめてしまった。
 かつて父に命じられるままに母を斬った、わたしと同じように。
 その結果、竜胆は猛る美獣となり、わたしは首切り用の刃となった。

「ふむ。どうやらわたしたちは似た者同士であったらしい」

 独りごちたわたしは、竜胆の耳元に顔をそっと近づける。

「じつは……」

 こっそり打ち明けたのは、己にまつわる秘事の一切合切。
 まことをぶつけてくる相手に、自分をいつわるのはちがう。そんな想いに突き動かされたがゆえの衝動からの行為。
 ひょっとしたら怒り出すかもしれないと考えたが、そうはならなかった。
 むしろ竜胆は喜色満面となる。

「あぁ! なるほど、そうか、そうでしたのね。天地の狭間に生まれし男と女、人は数あれども。だからこそ、わたしはこれほどまでに、あなたさまに惹かれてしまったのです。自分のことを理解してもらえる、唯一無二の相手であったればこそ」

 人は不器用な生き物。
 血を分けた家族ですらも、愛し合う恋人同士ですらも、お互いを理解するのが難しい。
 ましてや人の領域を飛び出した者なれば、誰が好んでこれを理解しようとなんぞするものか。いや、しようとしたとて理解できようはずもない。
 とどのつまりは壊れた者同士、馬が合ったということ。
 ただの悪行を重ねた程度の壊れ具合では足りぬのだ。
 それこそ魂の根底から歪んでしまわないと。
 わたしの場合は、この身に流れる一族の血があり、そうなるように山部の家に育てられた。
 そして竜胆は生まれ持った素養に、環境が合致した。
 どうしようもないほどに人の理、人の枠からはみだした者同士。

 誰かに心から理解される。
 誰かと心から繋がれる。
 それを心から実感できるよろこび。
 これがもたらす幸福感は、えもいわれぬ愉悦。
 はたして世に産まれ落ち、これを知ってから死ねる者が、どれほどいるものか。

 関八州を暴れまわり、江戸市中をも恐怖のどん底へと叩き落し、捕縛後には稀代の美貌にて数多の人間たちを惑わした「火車」と呼ばれた女凶賊。
 竜胆はその幸福のうちに逝った。

 晒し場の獄門台に飾られた首は、死後ですらもその美しさを損なわない。
 決まりでは三日二夜の間、晒されることになっているのだが、ここでふしぎなことが起こる。
 二日目の晩のこと。
 首が忽然と姿を消したのだ。
 よからぬことをたくらむ輩を警戒して、篝火を絶やさず寝ずの番が大勢詰めていたのにもかかわらず。
 一陣の風が吹き、舞いあがる粉塵。
 おもわず目を閉じ、ふたたびまぶたを開けたときには、すでに首は煙のごとく消え失せていたという。
 かなり厳しく捜索されたのにもかかわらず、首の行方はようとして知れない。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜

上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■ おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。 母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。 今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。 そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。 母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。 とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください! ※フィクションです。 ※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。 皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです! 今後も精進してまいります!

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...