御様御用、白雪

月芝

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その二十三 鬼子母神

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 年が開けて慶応三年。
 世間のあちこちが騒がしくとも、我が家の正月はわりと平穏であった。
 いや、あやとてまりのおかげで、ずいぶんとにぎやかになった。
 これはわたしの人生では初めての経験である。

  ◇

 都合のよい日に、女姿の白雪にてわたしが二人を連れて出かけたのは、かつて自分が世話になった寺子屋。
 あれ以来、すっかり疎遠となっていたが、風の噂ではまだ細々と続けていると聞いていたから、双子の姉妹をそこに通わせようと考えたのだ。
 だがしかし……。

 記憶を頼りに、かつて通った懐かしの寺子屋へと行き、建物を前にしてわたしは「あれ?」と首をかしげる。
 そこにあったのは、いまにも崩れそうなボロ屋にて、閑散としており子どもたちの嬌声も聞こえてこない。
 ただし看板はかかったまま。風に揺れてカタコト鳴っている。

「えーと、ほんとうにやっているの?」胡乱げな視線を向けてくるのは、あや。
「こういうのを『閑古鳥が鳴く』っていうんだよね」ニパッと笑うのは、てまり。

 とりあえず声をかけてみるも、なかから返事はなし。
 失礼かとも思ったが「ごめん」と戸を勝手に開けてみる。
 内部は薄暗く寒々としていた。けれども人の気配がある。不在というわけではなさそうだ。
 で、家にあがろうとしたところ、薄闇の向こうから飛んできたのは小石ひとつ。
 わたしは着物の袖をひるがえし、これを難なくはたき落す。
「はて?」首をかしげつつ奥を見れば、何者の姿もなく「トトト」と小さな足音が遠ざかってゆくばかり。
 それを追いかけるようにして進んだ先。
 わたしが目にしたのは病床についている女と、その周囲を守るようにして固めている、大中小の三つの小さな影。
 伏せっている女が、かつてわたしが世話になった恩師であり、三つの影がそのお子たち。
 子どもたちは、わたしを悪質な借金の取りたての類とかんちがいしたらしい。
 幼いながらに母を守ろうとは、健気なことだ。

 息も絶えだえながらも恩師から事情を聞けば、夫を亡くし、世相も怪しくなり、じきに立ちゆかなくなった寺子屋稼業。
 ずんずんあがる物価、蓄えも底を尽き、幼子らを抱えているから外に働きにも出られない。日々の暮らしもままならぬうちに、体調を崩し、つい性質の悪いところから金を借りて……。
 といったお約束の展開。
 いっしょになって話を聞いていたあやが、ギュッとわたしの着物の裾を握った。
 反対側を見れば、てまりがいまにも泣き出しそう。
 これはまずいときに、まずいところに来てしまった。
 わたしが内心で困っていたところ、表がガヤガヤとにぎやかになる。
 まるで芝居の筋書きのごとく、はかったかのように登場したのは借金取りども。

「おうおうおう」

 威勢よく、だいの男が六人ばかりも徒党を組んで、土足のままで怒鳴りこんできたもので、わたしはイラっ!

「おっ、いい女がいるじゃねえか」

 絡んできたのを幸いとばかりに全員をのして、裏庭へと叩き出す。
 で、暴利にて膨れあがった借金、きっかり三十両分、罪人の首に換算すると六十人分相当をにぎった重たい拳。これを連中を率いていた者の不快なにやけ面、ど真ん中にめり込んでやった。
 もちろんそいつの懐から借金の証文をぶんどることも忘れない。
 が、これにて一件落着とはならなかった。
 戻ったわたしを待っていたのは、たったいま息を引きとったばかりの恩師の死に顔。
 元気よく教え子たちを叱り飛ばしていた昔日の面影はすでになく、あるのは残された子たちの行く末を案ずる苦悩ばかり。
 亡くなった母の体にすがりついて泣きじゃくる三人の子どもたち。
 それを見ている、てまりもわんわん泣いている。
 あやはかろうじてこらえているが、物言わずじっとこちらを見上げるばかり。
 無言のうちにあったのは「助けてあげて」という切実なる願い。
 よもや、初めてのおねだりがこれとはね……。
 わたしはぼりぼり自身の頭をかく。

「わかった、わかったからそんな目でわたしを見るな。こうなりゃあ、二人も五人もいっしょだ。全員、まとめてめんどうをみてやるよ」

 すると自分でおねだりをしておいて「だいじょうぶなの」と心配するあやに、わたしはたいしてない胸を張る。

「おいおい、これでもわたしはかなりの高給取りなんだぞ。これまで無駄に貯め込んだのと、それに父やご先祖が残してくれた分もある。だからガキの五人や十人を食わせるぐらい造作もない。大船どころか鉄の黒船にでも乗ったつもりでいろ」

 かくして、我が家に同居人となる養い子が増えた。
 揃いも揃って女の子ばかり。新しいのは大中小と三姉妹。上から順に名を、ゆり、つばき、あやめ。
 磨いてみればけっこうな器量良しにつき、どうやら連中は借金のかたに巻きあげて、どこぞに売り飛ばす算段であったようだ。
 ちっ、こんなことならば正直に金なんぞ返さずに斬るべきであった。

 いっきに五人もの子持ちとなり、ますますにぎやかになる山部家。
 我が家系はじまって以来の最初で最後の珍事。
 そんな状況にあって、わたしはせっせと職務に精を出す。
 いかに十分な蓄えがあるとて、油断はならない。稼げるうちに稼いでおかねば。
 するといつの間にやら、わたしの通り名が「首切り観音の三成」から「鬼子母神の三成」となっていた。


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