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その二十七 訪問者
しおりを挟む旧幕府軍と新政府軍の争いが、江戸を抜けて北へ北へと移動してゆく。
武士たちの残滓が刻一刻とすり潰されて消えていく。
さりとて市井の民草は、そんなものにはいちいちかまっていられない。
働き、稼いで、喰って、寝て。
身を寄せあっては助け合ったり、ときには反発をして喧嘩をしたり。
みな明治とあらためられた年号の世をたくましく生きていた。
そのうちに戦いの場は蝦夷の五稜郭となり、じきに戊辰戦争と呼ばれた戦いが終結したのは明治二年、皐月も末のこと。
わたしはそろそろ二十七歳になろうとしていた。
◇
これにて武士の時代は完全に終焉を迎え、世が大きく移り変わろうとする胎動の時。
まるで侍どもの無念が燻っているかのように、やたらと厳しい残暑がようやくおさまり、秋風が吹き始めた頃。
ひとりの軍服姿が我が家を訪れる。
そいつは上野の戦いの夜に、うちへと押しかけた新政府軍の兵を率いていた男であった。戦地帰りだと言う。
べつに歓迎するような相手ではない。
が、さりとて勝ち馬に乗っている者を粗略にするのも、ちと気が引ける。縁を結んでおいても損はなかろうとの下心も働いた。
だからいちおうは客として遇し、家へとあげた。
座敷にて向かい合わせとなって、お茶を飲みながら男より語られたのは、あの夜の顛末。
若武者の遺体と首は無事に縁者のところに引き取られたとのこと。
ついでにあの際には世話になった、迷惑をかけたうんぬんかんぬんとも男は口にする。
やたらとしゃちほこばった態度にて、いかにも生真面目さだけが取り柄だといった風情の男。ガタイはそこそこだが、男ぶりはせいぜい並みといったところ。
「わざわざ説明に来るとは、おまえさまもずいぶんと義理堅いことで」
冷やかし半分にてそんな言葉を口にすると、男がキッとこちらをにらむ。
怒ったのかと思いきや、さにあらず。
男はいきなり両手をがばと畳につき言った。
「山部白雪どの。どうか自分の妻になって欲しい。あの日、あの夜、白刃を手にしたあなたは、まるで剣を持つ天女のようであった。それにあの多勢を前にしても怯まぬ気高き姿、気風のいい啖呵にも惚れもうした。我が生涯に愛すべき女はこの人だけだと、戦地をめぐる間も、銃弾と剣戟の下を駆けていた時でさえも、その想いばかりが募っておったのです。どうか、どうか、この想いを受け入れて下され」
よもやの求婚。
あまりにも突然にて、完全なる不意打ち。
これにはさしものわたしもしどろもどろとなる。
しかし男の勢いに押し切られるほど、わたしは弱くもなく甘くもない。
すぐに気を持ち直し、こほんと咳払いののちにやんわり言った。
「いっときの感情でそんなことを口走っていいのかい? なにもこんな縁起の悪い家の行き遅れを貰わなくたって、いまのご身分ならば引く手あまただろうに。それにあんたがその気になったとて、親類縁者がこぞって反対するのに決まっているだろう」
「心配ご無用。すでにみな他界しており、気ままな独り身にて」
わたしはそれっぽい理屈をこねては、男の翻意を促す。
が、目の前の相手は頑として受け入れない。
生真面目さが、やや暴走している感すらある。
こうなっては仕方がないと、わたしは二枚あるうちの切り札の一枚を切ることにした。
「ったく、あんたも強情だねえ。だったら言ってやる。わたしはいま十三人の子持ちだ」
あや、てまりの双子の姉妹にはじまり、恩師の忘れ形見のゆり、つばき、あやめ三姉妹。
焼け出されて寺の境内にひとりうずくまっていた、おりん。
橋の下にて凍えていたのを見つけた、まち。
近所の竹林に半死半生で倒れていた、さよ。
野良犬の群れに襲われているところを助けた、おゆら。
不景気になったと奉公先を追い出され路頭に迷っていた、ちよ。
近所の空き家に住み着いていたところを見つけた、おりょう。
親から「鬼子母神のところへ行け」と言われて、まだ赤子の妹いねを背負って自らやってきた、たけこ。
わたしは指折り数えて、つらつらと我が家にいる子どもたちの話をしてやった。
さしもの頑迷な男も十三人という数字には、いささか怯んだらしく、「うぐっ」と息を呑む。
しかし男はなおも抵抗を示す。
「かまいませぬ。せっせと職務に励んで、足りねば内職でもなんでもして、稼げばよいだけのこと」
いきなり十三人の娘たちの父になれと言われれば、引き下がるかと思っていたのに……。
わたしは半ばあきれ気味に、こうなればと最後の札を切ることにする。
「おまえさんの気持ちはよくわかった。だが、どうあってもこれだけは譲れないことが、ひとつあるんだ。
いいかい、よくお聞き。
わたしは『絶対に子を産まない』と天地神明に誓っている。
あんたもわざわざ求婚に出向いてきたというからには、うちの家についてそれなりに知ってのことだろう? ならばわかるはずだ。本来ならば世襲なんぞしない御様御用の役を、首切り役人なんぞを延々と続けてきた、山部家のイカれ具合が。
この家はねえ、あんたが考えている以上にろくでなしなんだよ。
そんな血が我が身には流れている。こいつを後世に残す気はない。この考えはいまは亡き父の願いでもある。山部の血はわたしの代で終わらせる。だからいかに愛されようとも、わたしはあんたの子を産めない」
さすがにこの言葉はこたえたようで、男はようやく黙り込んだ。
すでに家族も親類縁者もない孤独な身なればこそ、よけいに自分の家族を欲するもの。妻がいて子がいて孫がいて。とくに珍しくはないけれども、それがどれだけ大切なのかを、幸せなことなのかを、男は骨身に染みてわかっているはず。
ゆえに戦地から帰った足で、わたしのところに勢い込んで求婚へと訪れたのであろう。
だが、わたしはこやつの一番欲してやまないものを与えてやることができない。
すっかりうつむいてしまった男。おそらくは様々な葛藤が心の内にて渦を巻いているのであろう。
これ以上は追い詰めるのも気の毒ゆえに、わたしは「まぁ、そういう事情だから、この話はいったん持ち帰っておくれ」と告げた。
◇
背中を丸めてトボトボと遠ざかる男。
わたしが門前にて見送っていたら、子どもたちがそこかしこから、ひょこひょこ顔を出す。
「お客様だから」と言い含めていたので、みな静かにしていたが、好奇心旺盛な子どもたちが大人の言うことを素直に聞くはずもなく……。
「ねえ、本当にあれでよかったの、白雪さん」とは、あや。
「真面目そうな人だよねえ。でも出世はしなさそう」とは、てまり。
これを皮切りに思いおもいの感想を口にしはじめる女の子たち。ちゃっかりのぞき見しつつ、聞き耳を立てていたようだ。
まだ赤子のいね以外は、言いたい放題。こと男の品定めとなると女たちは容赦がない。そしてそれは年齢に関係なし。
で、大方の意見にて「いい人だけど、いい人すぎて貧乏くじを引いて、きっと出世はしない」という辛口の評が下される。
わたしはくつくつ肩をふるわす。
こりゃあ当人が聞いたら首でもくくりかねん。
げに恐ろしきは婦女子の口なり。
「あの人、また来るかしら」
いつの間にか隣にきていたあやがこちらを見上げている。
わたしはあやの頭にポンと手をのせ「さすがにもう来ないだろう」と溜息ひとつ。
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