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その二十六 最後の仕事
しおりを挟む新政府軍の軍服姿が複数、屋敷の敷地内へと押し入ってきたとき。
ちょうどわたしが若武者の甲冑を脱がし終えたところであった。
「その者を引き渡せ。庇い立てすれば、その方もただではすまんぞ!」
獲物を追う猟犬のごとく、興奮した兵らが恫喝するも、わたしはそれをひとにらみで黙らせる。
「すぐに引き渡してやる。だからしばらく黙って見ていろ」
刀を手にした女に凄まれて、二の足を踏んでいる連中を無視し、わたしはかろうじて意識を保っている若武者の耳元に囁く。
「もはや腹を切る力もあるまい。ほんの少し、切っ先を刺す格好だけでいい。あとはこちらでやる」
「かたじけ……ない」
答えた若武者が最後の気力をふり絞って、侍の作法にのっとった姿勢となったのをみて、ようやくこれから何が行われようとしているのかを悟り、周囲がざわつく。
猟犬どもを指揮していた男は制止しようと前に出かけるも、少しばかり遅い。
脱いだ打掛がはらりと地面に落ちるより先に、わたしの刃が鞘走り、宙に弧を描き、闇に閃く。
すべては一瞬で終わった。
落ちたばかりにて血が滴る若者の首。
やや乱れた総髪をむんずと掴み持ちあげると、わたしは新政府軍の連中に向けて差し出す。
「ほら、ご所望の品だ。もっていけ。ついでに体の方もそっちで片付けてくれると助かる」
だが、誰も動こうとはしない。だいの男どもが揃って呆けてしまっている。
散々に戦場でどんぱちをしてきたくせに、何をいまさら。
わたしは内心にて舌打ちをし、足下にあった自身の打掛にて首を丁寧に包むと、いま一度、同じ言葉を口にした。
ようやく我に返った指揮官の男が、おずおずと差し出された首を受け取る。
その際にわたしはひと言添える。
「きちんと供養してやれ。でないと遺恨を残すことになるぞ。死んだ人間が祟ることなんぞないが、生きてる人間は祟るからな。これは散々っぱらに首を刎ねてきた山部家からの忠告だ。では、あとはよしなに」
言うだけ言うと、わたしは連中を放っておいて屋敷のなかへと戻った。
玄関の上がりかまちに、あやの姿があった。
「見ていたのか」
問えば、こくんと小さくうなづく。
あやは何も言わずに、ただ濡れた手ぬぐいを差し出す。
その指先が小刻みにふるえている。
無理もない。父を賊に惨殺された現場を目撃し、ようやく忘れかけていたところに、今度は首切りの現場を見てしまったのだから。
わたしが「すまなかったな。いやなものを見せてしまった」と詫びるも、幼女はただ小さく首を横にふるばかり。
おもわず小さな頭へとのびた自身の手を、わたしは途中で引っ込める。
落とした首に触れたせいで、すっかり血にまみれていたからだ。
よくよく思い返してみれば、数えきれないほど素っ首を刎ねてきたというのに、いつも担当の者にまかせきりにて、己の手で首を始末したのは初めてのことであった。
「やれやれ。わかっていたつもりではあったが、わたしもたいがいだな……」
おもわずつぶやくと、その腰にひしとしがみついてきたのは、あや。
顔を押しつけて「いやいや」と泣いている。
わたしはそんな彼女の小さな体を抱きしめることもできずに、ただその温もりを感じながら立ち尽くすことしかできなかった。
◇
若武者の首を刎ねた夜の明け方近く。
すでに遺体は消えていた。
連中が回収してくれたようだが、さすがに血だまりはそのまま。子どもたちが目を覚ます前に掃除しておかないと。
わたしは愛刀片手に裏庭へとまわり、小さな石の祠のところへ向かう。
祠の前にしゃがみ、地面の土を手で払う。
鉄の輪っかを掘り出すと、これを掴んで持ちあげた。
三尺ばかりほどもある長方形の石の板がゴトリとずれて、地中より姿をあらわしたのは底の浅い石櫃。
代々この山部の家に嫁いだ女たちが我が子に首を捧げ、最期を遂げた場所にて、その血を吸ってきた空間。
山部流の首刈修行の仕上げとして行われ続けてきた狂気の儀。
その際には、白砂を石櫃に敷き詰めて臨むのだが、いまは空っぽにて、薄ぼんやりと砂埃があるだけ。
わたしはその中に己が打ち刀を納め、石蓋を閉じた。
この日、わたしはついに刀を捨てた。
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