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041 凶報
しおりを挟む夜更けに届いたふたつの急報を受けて、コウケイ国のロバイス王は「なんということだ!」と声を荒げた。
「くそっ、最悪だ。よりにもよって二ヶ所同時とはな」
相次いでもたらされた、ふたつのよくない報せ。
先に届いたのは、イーヤル国で赤い霧が発生したというもの。
出現した赤霧の正体はまだ不明だが、それについてはいずれ詳しい続報が届くだろう。
これだけでも王城を震わせるに足る凶事なのだが、悪いことはさらに重なる。
次に届いたのは、イーヤル国とほぼ時を同じくして、荒野でも赤い霧が発生したというものであった。
同時多発的に赤い霧が発生!
大陸の長い歴史の上でも、かつてないことである。
その結果、いかなる事態が想定されるのかというと――
「中央の……連合軍の援軍は期待できない、か。連中が何よりもまず優先するのは荒野の方だ。辺境は後回しにされる」
ロバイス王は拳を固く握り締め、顔をしかめずにはいられない。
第二十一次・星骸討伐戦が残した傷は相当に根深い。連合軍はいまだ再編途中にて、動員できる兵力に余裕がない。
厳しい状況と限られた戦力……優先順位からしてきっとそうなる。
だがそれでは遅いのだ。
中央からイーヤル国までにはかなりの距離がある。荒野での討伐を終えて、すぐに援軍を向かわせたとて、到着するまでに速くとも三日ないし四日はかかるだろう。それとても速度重視の先遣隊を急がせてのことだ。本隊の現地入りはさらに遅れる。
その間に、いったいどれだけの街や村が犠牲になることか。
いや、最悪、都すらもが壊滅して国が滅ぶことも充分にありうる。
そしてこれはけっして対岸の火事なんぞではない。
災禍は確実に周辺国へと飛び火し、燎原の火となって、たちまち見渡す限りを焼き尽くす。
「イーヤル国からの救援要請がじきに届くはず。彼の国とはかくべつ懇意にしているわけではないが、さりとて外交上おざなりにもできん。とはいえ、うちから送れる兵力はたかがしれている。せめてラジールかリリンのどちらかがいれば、指揮を任せたのだが……」
ロバイス王はぶつぶつ独り言にて、今後のことを思案する。
いっそのこと自分が乗り込んでもいいのだが、国王という立場上、周囲がそれを許さない。
となれば安心して派遣軍を託せられるのは、エレンとジャニスになるのだが、気になるのが勇者の扱いだ。
枝垂が星クズ判定を受けたことは、広く他国も知るところ。
だがそれでも勇者は勇者だ。旗印としての参加を求められるかもしれない。
「星クズの勇者すらもが駆けつけてくれたというのに、他の国は出し惜しみをするのか?」
なんぞと声高に主張されれば、どうなることか。
勇者を集める手段としては、何気に枝垂は有効な存在なのだ。
手札をどう活かすかは扱う者次第。
イーヤル国の現王リワルド・ウル・イーヤルは漁色家で知られており、類人の身でありながら、類人の正妃のほかに獣人と蟲人の側妃を持つ強者だ。
ちなみにギガラニカの世界では異種婚は珍しくはない。
ただし、たいていが類人が獣人に惚れる形となり、その逆や、ましてや蟲人に手を出すのは非常に稀である。理由はまぁ、言わずもがなであろう。なお産まれてくる子は母親の種族となる。
だがリワルドという男は、もちろんそれだけの人物ではない。
他種族の女性をも惹きつけ虜にするだけあって、したたかにて有能、実利を優先することでも有名である。体面なんぞにはこだわらず、必要ならばいくらでも頭を下げられる度量の持ち主。それすなわち己の感情をねじ伏せ、冷徹に物事を見極められるということ。
そんな男が、国の窮地に怯えておろおろしているだけなんてはずがない。
きっと枝垂という、一見すると使えなさそうな札に目をつける。
ばかりか、この機会に乗じて他国の星の勇者たちを見極めようとするはず……
☆
ロバイス王の予想は的中した。
まんじりともせずに迎えた翌早朝のこと。
イーヤル国からの親書にて正式な救援要請が届き、星クズの勇者である枝垂の出馬についても触れてあった。
さすがに明け透けには書かれていないものの、おおむねロバイス王の読み通りにて。
枝垂が参加するかどうかによって、近隣諸国からの勇者の集まりが大きく左右されるかもしれない。ばかりかそれによって送られる援軍の規模も変わるだろう。
親書に使われている文言は丁寧な懇願だが、その裏に潜むのは性質の悪い脅迫のようなもの。
自国の命運すらも賭ける。そんなものを一方的に押しつけられて、委ねられる側はたまったものじゃない。さりとてこの賭け、外交上、絶対におりることはできない。
決断を迫られたロバイス王は、おもわず天を仰ぎつぶやかずにはいられなかった。
「あの子を世に出すにはまだ早すぎる。どうしてあと半年、たった半年を待ってはくれぬのか」
連合評議会にて招集されれば、否が応でも秘密がバレるだろう。
それまでに少しでも他の星の勇者たちが成長していれば、枝垂が悪目立ちすることはないだろうとの考えにて、ロバイス王たちは動いていた。
だというのに、そんな配慮を嘲笑うかのようにして起きたのが今回の凶事である。
かくして当人の意思とは関係なしに、枝垂を取り巻く状況は大きく動こうとしていた。
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