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047 錆色の巨塔
しおりを挟む不意に進軍速度が落ちた。
何事かと訝しんでいると、最後尾にいるコウケイ国一行のところにも伝令がやってきて告げられたのは、前線にて戦闘が勃発したとのこと。
とはいえすでに終了している。
残土穢の先遣隊と衝突するも、ゴーレム軍団が瞬く間に駆逐したという。いかにも鈍重そうな見た目に反してあのゴーレムたちは走れる、チカラも強い。
三メートル級の巨人が土煙をあげながら突進してくる姿は、想像するだに恐ろしい。
ただちに行軍は再開されたものの、その後もちょくちょく止まった。
一度の休憩以外は、残土穢の小集団と遭遇したため。
けれどもゴーレムたちによって、すべて蹴散らされた。
個々の残土穢はさほど強くない。やっかいなのは数である。だがいまのところあらわれるのは多くとも百程度の集団にて、六十体もの戦闘用ゴーレムの敵ではない。
伝え聞くところでは、まさに圧勝とのこと。
おかげで味方の士気は高まる一方である。
だがしかし――
「安易に勝ち過ぎる。あまり好ましい展開ではありませんね」
「……ですね。勝ちに驕って、心なしか進軍速度があがっているみたいですし」
エレン姫とジャニスが騎竜の轡(くつわ)を並べては、前方をにらみ眉をひそめている。
進軍してくるこちらに対して、横合いから奇襲をかけたり、待ち伏せをするでなし。ただ正面から手勢を小出しにしては、無為に敗退を重ねている。
城塞都市を陥落させた時の手際の良さを考えれば、あまりにも不自然な行動だ。
まるでこちらを誘い込んでいるかのよう。
敗走を装い、敵勢が調子に乗って突出してきたところを包囲殲滅する。釣り野伏せみたいだと枝垂は思った。戦国時代に九州の島津家が得意としていた戦法である。
「かといって足を止めるわけにもいきませんし、勝ちは勝ちですから。下手に水を差して士気を下げるわけにもいきません。リワルド王も苦慮なさっていることでしょう」
「姫様……、念のために周辺および後方への警戒を強めておきます」
「お願いしますね、ジャニス」
エレン姫たちの危惧は当然のことにて、コウケイ国一行は浮かれる友軍らの背を眺めつつ、いっそう気を引き締めるのであった。
目的地へと近づくほどに、風が強くなり赤い砂塵が舞うようになる。
地面が抉られて土が剥き出しとなっているせいだ。
残土穢たちの仕業である。巨大なアリのような形状をした奴ら、節々して尖った多足を使っては群れで移動をするたびに、さながら耕運機のように地面を堀り抉る。そのせいで青々としていた草原はみるみる荒廃していた。
出現してからわずか数日でこれだ。
赤霧はギガラニカの住人たちにとって脅威であるのと同時に、環境にも重篤な被害をもたらす存在であるということを、枝垂は改めて思い知る。
乾いた風が吹く。
なだらかな丘陵地帯を抜け、いよいよ城塞都市ヴァストポリが視界の先に見えてくるというところで、行軍が止まった。
ただし指示による制止ではない。
自然と歩みが止まったかのごとき、行軍行動らしからぬ挙動である。
最後尾にいる枝垂たちは「また敵襲か?」とげんなりしていると、隊列の前の方がざわつき、人伝に聞こえてきたのは「錆色の巨塔」という奇妙な単語であった。
☆
隊列の先頭を歩くゴーレム軍団。
これを率いるダヤ国の部隊内にてどよめきが起きたのは、城塞都市ヴァストポリの全貌があらわとなった時である。
上空が赤く霞みがかっていた。
高く頑強な城壁に囲まれた都市は、一見すると無事のように映ったものの、その向こうにおかしな物が見えた。
まるで天に挑まんとするかのようにして、そびえ立つのは大きな塔である。
乾いた血のような、錆色をした巨塔……
だがそんな建造物はヴァストポリにはなかったはず。
存在しないはずのものがある。それすなわち、都市を占拠した残土穢たちが、この短期間のうちに造ったということ。
けれどもアリは塔なんぞは建てない。
せっせと造るとしたら、それは自分たちの巣であるアリ塚!
どうして残土穢たちが都市を占拠したあとに、壁の内側に引き篭って沈黙を守っていたのか。
その理由を知って討伐隊の一同は戦慄を禁じ得なかった。
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