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061 紫黒の雷姫

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 上空を見上げて枝垂は愕然とした。
 初等部で世話をしているイモ畑でのことである。

「な、なんだと! カーラスどもが編隊を組んでいる……」

 そうなのだ。
 ここのところ他国に出かけたり、ぶっ倒れて寝たきりになったり、気落ちしたりして、すっかりご無沙汰していた、イモ畑でのカーラス払いのお仕事。
 ようやく復帰した枝垂を待っていたのは、驚愕の光景であった。
 枝垂という守護者が島から消えたのに呼応するかのようにして、台頭してきたのは一羽の雌カーラスが率いる群れである。
 これまでにもカーラスどもが徒党を組んでは、よってたかって畑の収穫物にちょっかいを出すことはままあった。
 けれどもその群れの動きは明らかに、他とは違っていた。

 大空を舞うのは等間隔にて「ハ」の字にきちんと隊列が組まれた一群。「ハ」の字が八つ連なっては、まるで一匹の大蛇のごとくつねに統率された動きを続けている。
 これを率いるのは紫黒(しこく)の美しい羽をもつ美カーラスであった。
 つねに先陣を切る果敢さ、軽やかな翼さばきにて戦場を自在に舞い、ときには勇猛さを奮っては獲物へと襲いかかる。
 他のカーラスどもが持つ、ちょっとやさぐれた残念な大人っぽい雰囲気は皆無にて、凛として高貴、華麗にして苛烈……
 ゆえに、いつの頃からか農家さんから「紫黒の雷姫」と呼ばれ、恐れられる存在になっていた。

「このままではクラスの畑が危ない。紫黒の雷姫をなんとかしてくれ!」

 クラスメイトのシモンから泣きつかれた枝垂は、「ふふん、復帰戦にはちょうどいいだろう。幾多の戦いを経て、大きく成長したいまの僕にとって、カーラスなんぞなんぼのもんじゃい!」と余裕しゃくしゃくで依頼を受けたのだけれども、それは大間違いであったとすぐに思い知ることになる。

  ☆

 ダダダダダっ!

 いつものように種ピストルの二丁流にて、群れを追い散らす枝垂であったが、相手の動きがつねとは異なっていることにまず驚いた。
 これまでならば我先にと散り散りに逃げていたのに、「ハ」の字の小隊ごとに回避行動をとる。
 かとおもえば、小隊同士がくっついたり離れたりして、かえって地上にいる枝垂を惑わすではないか!
 その動きのなんと滑らかなことか。一分の乱れも生じない。

「くっ、種ピストルではダメか。ならば、これならどうだ!」

 枝垂は種マシンガンに切り替えて、大空一面に弾幕を展開する。
 しかしその寸前に、連中はいっきに高度を上げた。
 さりとてただの回避ではない。こちらの射程と威力を把握して、有効射程外へと離脱したのである。
 枝垂の動きをじつによく観ている。魔力察知頼り、持って生まれた感覚のみでは、とてもできぬ芸当である。
 そのせいでこれまで対カーラス戦では無双を誇ってきた、枝垂の種がまるで当たらず。
 かといって種ライフルでは威力が強すぎるし、数のある相手には不向きにて、なにより反動で撃った自分の肩が壊れてしまう。
 ジャニスからも「くれぐれも使用は控えるように」と言い含められている。
 もしも勝手に使ったら、またぞろ医務室の世話になり、アラバン医師が告げ口をして事が露見し、城の女性陣たちからこぞってお叱りを受けることになるだろう。

「こうなればギリギリまで引きつけて仕留めるしかないか……、って、あれ? 姫がいない。いったいどこに行った?」

 いつのまにやら群れのリーダーの姿を見失っていた。
 慌てて枝垂はその姿を探す。
 さなかにふり返ったのは、たまたまだ。
 土のくぼみに足を突っ込んで、よろめいたひょうしにうしろをちらり。
 するとそこには敵影が!
 超低空飛行にて単騎駆けにて突っ込んでくる紫黒羽の姿があった。
 猛然と向かっていたのは収穫されたイモの山のところ。

 信じられない滑空……正気じゃない、あまりにも地面に近すぎる。
 ほんの少しバランスを崩したら、すぐに揚力を失い墜落するだろう。
 だというのに己のチカラを、その翼を微塵も疑っていないのか、紫黒の雷姫は真っ直ぐ嘴を突き出しては、前だけを見ていた。
 その飛び姿の何と勇ましくも美しいことか。
 枝垂はつい見惚れてしまう。
 だがしかし――

「それでも負けるわけにはいかないんだ。悪いけどキミはここで墜とさせてもらう」

 翼を持つ者が地に墜ちる。
 それすなわち権威の失墜にて、たちまち群れでの立場を失うことになる。
 枝垂が指先を向けたのは、向かってくる雌カーラスではなくて、手前の地面であった。
 こんなこともあろうかと、あらかじめ畑の周囲に埋めておいた新兵器があったのだ。

 パンッ!

 一発の種が地面に撃ち込まれた瞬間、勢いよく土が爆ぜて、飛び出したのは種たちである。
 地対空種ミサイル・ピクルスシード。
 ずらずらと埋め込んであったそれらが、枝垂の合図によって一斉に発射された。
 低空飛行にて突っ込んできたところで、いきなり直下から種の猛射が襲いかかる。
 さすがにこれは避けられまい。
 枝垂はニヤリ、己の勝ちを確信する。
 しかしすぐに「なっ!」と大きく目を見開くことになった。

 その動きは、まさに雷光のごとし。
 高速で飛びながら翼を畳み、わずかな間隙を抜けたばかりか、わずかな翼の挙動にてジグザクに飛行しては、足下からの猛攻をかわす、かわす、かわす!
 戦場に紫の雷光が疾駆する。
 ハッとして迎え撃とうした枝垂であったが、それよりも相手の方が速い。
 枝垂が照準を合わせる前に、敵影がすぐ脇を通り過ぎていた。
 慌ててふり返った枝垂が目にしたのは、まんまとイモをひとつかっ攫っては、大空へと舞い上がって遠ざかっていく紫黒の雷姫の背中であった。

「やられた!」

 紫黒の雷姫との初対決は、枝垂の敗北に終わった。
 そしてこれが後々にまで長く続く、宿命のライバルとの戦いの幕開けとなることを、この時の枝垂はまだ知らない。


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