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096 偉人、変人、古城梅
しおりを挟む仲間たちから引き離された枝垂に成す術はない。
空を運ばれるままであったのだけれども、行く先々で待ち受けていたのは似たような景色ばかりであった。
それはナムクラーゲンに荒らされた土地である。
木々が押し倒され、草花が踏みにじられ、土が抉られ、岩が転がり、地肌が剥き出しとなった無惨な姿が、まるで円形脱毛症のごとく点在している。
枝垂を連れ出したハチノヘたちは、順繰りにそういった場所を巡り、そのたびに胸元に抱き着いている子が「キュッキュ」と何事かを訴えるような目を向けてくる。
どうやら星クズの勇者にやってもらいたいことがあるようだ。
「え~と、もしかしてここに梅の木を植えろってことなのかな?」
とたんに五匹のハチノヘたちが揃って羽を振るわせては、ブブブブブ。
……正解らしい。
もともと枝垂は察しがいい。
特異で歪な家庭環境に育ち、星クズ判定を受けてからの諸々、物言わぬ飛梅さんや赤べこのフセと暮らしているのは伊達ではない。
というわけで、枝垂はさっそく種ピストルを荒れ地に向けて、ダダダダダ!
種を植えたら、お次は右手をかざして「むむむ」と星のチカラを紋章に込める。
手の甲に刻まれた六芒星と「梅」の文字が淡い光を帯びたところで、「えいやっ!」と星のチカラを放てば、あら不思議。
そこかしこから、ポン、ポン、ポポンと新芽が出たところで、急速に成長を開始する。
天に向かってニョロニョロのびては、やがてしっかりと大地に根を張り、木となり、四方に枝葉をのばしては、はや蕾をつけ始めた。ほどなくして花が咲き、一帯には梅の馥郁たる薫りが漂うことであろう。
ちなみに梅の木をまともに種から育てたら、ふつうは五年から十年はかかると云われている。
そもそも梅の種を発芽させるには、受粉して果実が育ち種も熟しているものでなければならない。この条件を満たしたモノを用意するだけでもけっこう大変だったりする。
その点、接ぎ木ならば三年から四年ほどで実がつくし、わりと簡単だから初心者にもオススメである。
一方で挿し木となると、とたんに難易度が跳ね上がる。
挿し木とは、すでに育っている木の枝を切って土に植えることで、うまくすればそのまま根付く。
が、梅は根付きにくいともっぱらの評判にて、数多の園芸好きや梅マニアの猛者たちを退けてきた。原種に近い野梅系の品種ならば発根しやすいとはいえ、それでも難易度は爆上がりである。
もしも挿し木を成し遂げれば、それは偉業といっても過言ではない。
そして枝垂の祖父は、そんな偉業を成し遂げた数少ない変人、もとい偉人のひとりであった。
まぁ、それはさておき……
「とりあえず南高梅の木をメインにしておくか。花が白い梅だから、森の中でも浮かないと思うし。でもそれだけだと味気ないから、別のもちょっと混ぜておくかな」
そう考えて枝垂が混ぜたのは「古城梅(ごじろうめ)」と呼ばれる品種であった。
別名「青いダイヤモンド」とも呼ばれる希少種にて、硬くしっかりした果実が梅酒造りに最適なのだけれども、それゆえに酒造会社に卸されることがほとんどなので一般市場ではまずお目にかかれない。
なんでも大正時代に、那須何某さんって方が穂木を接ぎ木した中から誕生したそうな。
その人の屋号が古城だったもので、こう名づけられたという。
じつはこの古城梅……お城の梅苑の一角でもひっそり育てられている。
それは呑兵衛のアラバン医師に懇願されてのこと。ここのところあのトカゲの獣人は、医者の仕事そっちのけで梅酒造りに没頭している。
☆
全部で八ヶ所まわって、植林を終えた枝垂が最後に連れていかれたのは、小高い丘の上であった。
周囲が花畑になっており、ここだけはナムクラーゲンも荒らしていない。
だというのに丘の上だけ花は生えておらず、気持ちだけ芝が生えている不毛地帯にて、まるで河童の頭のようになっている。
そんな場所へと降ろされたところで、枝垂の胸にずっとしがみついていたハチノヘが離れたとおもったら、丘の天辺の地面をほじくり始め、他の四匹もこれに倣う。
もりもり掘り進める五匹、何事かと背中越しに穴の底をのぞいてみれば、やがて地面の下からあらわれたのは、ラグビーボールほどもある大きな種であった。
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