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098 レリーフと門

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 枝垂が荒れ地への植樹や野生種の栽培にかかわっている一方で、突如としてハチノヘの大群に拉致されたナシノ女史やジャニスらは、どこに連れて行かれていたのかというと……

 気づいたときには、一行はとある建物の中にいた。
 白を基調とした総石造りにて、厳かな雰囲気がどこか神殿を彷彿とさせる。鼻の奥にツンとくる独特の湿り気を帯びた空気からして、地面の下なのかもしれない。
 もっとも現在自分たちがいる大空洞そのものが地下深くは海の底なので、いまさらではあるが。
 しかしこの建物……あきらかにハチノヘたちの手によるものではない。
 なぜなら彼らの巣はすべて正六角形を並べた、ハニカム構造の集合体であったから。

 青の洞窟内と同じく、陽が射していないのにもかかわらず内部は薄ぼんやりと明るい。
 奥へと真っ直ぐにのびた縦長の一室は広大にて、見上げた天井もかなり高かった。
 周囲を警戒する一行。
 すると彼らの前方にて、ぽつ、ぽつ、ぽつ、明かりが灯りだす。
 両脇に等間隔に並ぶそれらは石灯籠だが、明かりの素はハチノヘである。灯籠の上にとまった彼ら自身が発光しては、明かりの役割りをはたしている。
 それらが手前から順繰りに明滅しては、「こっちへおいで」と誘っているかのよう。

「ふむ。どうやら、先に進めと促しているようだね」
「大丈夫でしょうか、ナシノさま?」
「まぁ、問題はなかろうよ。もしもこちらをどうにかするつもりならば、さっきやってるだろうからねえ。それにジャニス、連中が私たちをわざわざここまで運んできたということは、何か見せたいものがあるんだろうよ」

 かくして明かりに導かれるようにして一行が進んでいくと、やがて突き当りへと到達する。
 そこにあったのは、ふたつのものであった。
 ひとつは壁一面に刻まれた巨大なレリーフである。
 文字の類は一切彫られておらず。あるのはまるで浮かびあがらんほどの緻密な彫刻にて、よく古代遺跡などに見られるように「なんじゃこら?」と首を傾げることはない。
 ざっくり端から端へとレリーフを眺めたナシノ女史が「ふむ」と独りごちる。

「どうやら壁の彫刻は、この場所……大空洞が出来た歴史をあらわしているようだ」

 本土と島を繋ぐ海底洞窟の存在と大空洞の発見に始まり、この地を現在の形へと整備したのはふたつの種族である。
 動く木のような姿はおそらく樹人にて、ゴーレムのようなのは鉱人であろう。ハチノヘの先祖たちもその一環として誘致されたようだ。
 では、どうしてわざわざそんなことしたのか?
 疑問の答えとおぼしきものが、レリーフの右端にデカデカと刻まれてある。
 それは巨大な門であった。
 ご丁寧にもバツ印が門の上にされており、「絶対に開けるなよ! いいか? 絶対だぞっ」との想いがヒシヒシと伝わってくる。

「え~と、これは壮大なフリというやつでしょうか?」

 やめろ、やめろと言いつつも……みたいな仲間同士の悪ふざけ。
 とのジャニスの見解に、ナシノ女史は顔をしかめつつ「だったらよかったんだけどねえ」と足下をジロリ。
 釣られてジャニスも床に目をやり、ギョッとする。
 なぜなら床一面が巨大な門扉であったから。
 どうやら自分たちは気づかぬうちに、レリーフに描かれている開かずの門の上に立っていたらしい。

「てっきり緊急時の避難所として、ここを整備したのかとおもったんだけど違うようだ。おそらく、こいつを見張るための場所なんだよ、ここは」

 その場にしゃがみ込み、床の感触をたしかめながらナシノ女史の両目が赤みを増した。
 類人の老嬢が鑑定眼を発動したのだ。
 けれども彼女の優れた眼を持ってしても、扉の奥の様子を明確に伺い知ることはできなかった。
 わかったのは、この石造りの建物がまるで巨大な金庫にて、頑強な扉の奥には何かが封じられている、もしくはどこかに通じているということぐらい。

 ギガラニカ大陸の地下にはアリの巣のごとき大迷宮が広がっている、地底世界があるなんていう迷信もあって、その出口がかの有名なアクチラルド大空洞だというのだ。
 もしかしたら、ここはその地底世界へと通じている場所なのかもしれない。
 とはいえ、さすがにこれを強引にこじ開けて、扉の奥をたしかめる勇気はない。
 幻の種族たちが入念に封印を施すほどなのだから、開けたところできっとろくなことにはならないだろう。

 どうしてハチノヘたちがわざわざ自分たちをこの場所へと連れてきたのか。
 その意図が、ようやく見えてきた。

「なるほど。つまり、ここは是が非でも守らなければいけない場所だから、ナムクラーゲン退治に手を貸せってことかい」

 ナシノ女史が答えに行きつくのを待ちかねたかのようにして、姿をあらわしたのはハチノヘの一団である。
 その中央には、明らかに他の個体とはことなる容姿をした者がいた。
 帯のように長い六枚羽が虹彩を放っている。
 群れを統べる高貴なる女王の出現に、ジャニスらは自然と敬意をあらわし片膝をついていた。


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