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176 新生・雷姫

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 種バルカンは強力だ。
 瞬時にして空一面にアリの這い出る隙間もないほどの、大弾幕を広げる。絶対の対空防御力を誇る。
 だが致命的な欠点もある。
 しかも、ふたつ……

 ひとつは燃費の悪さである。
 めったやたらと種を飛ばしまくるがゆえに、星のチカラの消耗がとにかく激しい。
 いかに同期の勇者たちの中でも成長著しい枝垂とはいえ、あまり長時間はもたない。

 もうひとつの弱点は土台の貧弱さだ。
 毎分六千発という怒涛の攻撃を支える、枝垂自身の肉体強度が虚弱なのはいかんともしがたく。
 さりとて、弱点を弱点のままで残して置くのは愚か者のすること。
 枝垂はちゃんと考えた。
 燃費の問題はどうしようもないが、土台の方はどうにかできる。
 考えた末に枝垂は飛梅さんとフセを頼ることにした。
 文字通りおんぶに抱っこ。飛梅さんに抱えてもらい、フセを銃架とすることで主従とペットが三身一体となって攻撃を行う。

 改良を加えた地対空種ミサイル・ピクルスシード・マークⅡのほかにも、隠し玉も仕込んである。
 いまや第一初等部の管轄下にある紫イモ畑は、難攻不落の城塞と化している。
 だというのに――

「なんだ? どうにもザワザワする。イヤな胸騒ぎがしてしょうがない」

 つつーと枝垂の背中を冷たい汗が伝う。
 だが、やらなければいけない。

 負けられない戦いが、ここにある!

 枝垂は西の空より飛来する一群をキッとにらみ、ともすれば怯みそうになる己の心を奮い立たせる。

  ☆

 目当てのイモ畑へと向かい、一路空を征くはカーラスの群れ。
 だが、その集団は目的地を視界の先に捉えたところでみっつに分かれた。
 先頭にて群れを率いていた紫黒の雷姫は、ひとりにて孤高へと舞い上がり、ほどなくして太陽の中に消えた。
 残る群れは半分ずつに分かれる。迂回しては左右から畑を挟撃する経路をとる。

 その動きに枝垂は「ちいぃぃ」と舌打ち。
 勢いにまかせて群れごと突っ込んできてくれたら、一網打尽にできるのに……
 おそらくは三方向からの同時アタック、あるいは時間差攻撃もありうるか。

「どうする? 種バルカンを活かすのならば、狙うのは左右に進路をとった集団だけど、気になるのは単独行動をとっている紫黒の雷姫だ」

 彼女が襲撃を部下たちにまかせて、高みの見物?
 ありえない、枝垂は言下にこれを否定する。
 紫黒の雷姫は多彩な軍略を駆使して、戦場の敵勢を翻弄し味方を自在に操る武田信玄タイプではない。
 つねに陣頭に立っては味方を鼓舞し、一気呵成かつ乾坤一擲、勇猛果敢にて立ち塞がるものあらばこれをねじ伏せ、勝利を手繰り寄せる上杉謙信タイプだ。

 軍神と畏れられた戦の天才……そんな謙信を彷彿とさせる紫黒の雷姫、天才は天才であるがゆえに常人の考えも及ばぬ行動をとる。

「やはりもっとも警戒すべきは紫黒の雷姫だ。なんとしてもここで奴を仕留める!」

 枝垂は上着の胸ポケットから遮光サングラスを取り出すと、これを装着した。
 これで視界はクリアとなる。太陽光による目くらましは通用しない。
 じつ以前にやられたことがあるので、エレン姫に頼んで作ってもらっていたのだ。

 カーラスどもは風の流れだけでなく、周囲の地形や太陽の位置をよく把握しており、こちらが逆光になるようにして仕掛けてくることが、ままある。
 この策にまんまとハマると、たちまち連中の姿を見失う。
 カーラスどもはつねに動いているので、ほんの一瞬とはいえ見失ったら、後手にまわってそのままなし崩し的に責められ、押し切られてしまいかねないから注意が必要だ。

「フセ頼む。飛梅さんは周辺を警戒をよろしく」

 枝垂に頼まれ、フセが「ワオォォォォォォォォン」と遠吠え。
 赤べこなのにオオカミ?
 ということはさておき、これはサイレン代わりだ。
 これを鳴らすことにより、これから対カーラス防衛戦が始まることを周辺に報せ、危ないから畑に近寄らないようにと伝えている。
 またこれは開戦の合図でもあった。

 見上げた先、太陽の中に小さな黒点が浮かび、それがみるみる大きくなっていく。
 紫黒の雷姫だ。やはり光にまぎれての強襲を狙っていたらしい。
 だから枝垂は彼女だけに注視し、右手を構える。
 まずは種ライフルにて狙い撃つ。
 エレン姫が作ってくれた遮光サングラスは優れものにて、スコープ機能を内蔵しているのだ。
 スコープを通してあらわとなった紫黒の雷姫の姿に、枝垂のかざした指先が震える。

「瞳の色が前とちがう……やはり禍獣化している!」

 羽根と同じ色みの瞳が、艶めかしいピンク寄りのバイオレットに変わっていた。切れ長で涼やかな目元が、ハッとするほどに美しい。
 紫黒羽がより艶やかになっており、尾も長くなっていた。
 新生・紫黒の雷姫、その姿を目にして枝垂の脳裏にスザクやカルラ、ヤタガラスとかホウオウとう名前が浮かんだ。


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