かくて善志は人魚を釣りし

月芝

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007 樹海へ行こう!

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 苔むした樹々が肩寄せ合ってはうねっている。
 猛々しいまでの植生だ。ここでは人こそが異物にて。
 のびた枝葉によって陽射しが遮られているせいで、白昼でも薄暗い。
 空気がじめっとしている。
 濃厚な水の臭気と植物の青さとが混ざり合ったものが鼻につく。
 マイナスイオンだかなんだか知らないが、こいつをありがたれるか。
 ただただ鬱陶しいと感じるかは、心の持ちよう次第であろう。

「なにが悲しくて、こんなところを男ふたりで歩かなければならんのだ」

 しかめっ面にてぼやく善志は完全に後者であった。汗ばんだシャツが肌にぺたりとはりついたまま、じょじょに冷たくなっていくのも、たまらなく不快だ。
 現在地は樹海内にある遊歩道、週末の時刻は午前十時過ぎ。
 善志またぞろ秀に強引に連れ出されて、遠路はるばるここまで来ている。

 えっちらおっちら。
 かれこれ一時間ほども歩いたであろうか。
 不意に足を止めた悪友こと千々石秀が、前後をキョロキョロする。
 周囲に誰もいないことを確認してから「そろそろいいかな」と独りごち、遊歩道沿いにかけられていた遭難防止用のロープをひょいと、軽やかに飛び越え順路からそれた。
 秀は躊躇うことなく樹々の合間をぬっては、奥へ奥へと向かっていく。
 しょうがないので善志も「どっこらせ」とロープをまたいだ。

  〇

 青木ヶ原樹海、あるいは富士の樹海とも呼ばれている場所について――
 それは富士山の北西部にある森にて、標高千メートル前後に位置し、三十五平方キロメートルにも渡って広がっている。これを東京ドームに換算すれば約二百二十個分ほどにも相当する。

 富士山の噴火によって流れ出した大量の溶岩。これが一帯を焼き払ったあとに残されたのは、水分や養分の少ない黒っぽい溶岩質の土壌であった。
 その上に長い年月をかけて、針葉樹や広葉樹による混合林である原始林が根付き、ついには鬱蒼とした森にまでなった。

 周辺には大小の溶岩洞が数多く存在している。
 いかにも不気味な見た目と雰囲気にて、かつては「黄泉に通じる穴」とか「地獄穴」なんぞと恐れられていた時代もあったとか。
 しかしそれも今や昔のこと。
 いまでは「富岳風穴」「鳴沢氷穴」などの大きな溶岩洞は一般公開されており見学可能だ。壮大な自然の造形美と、夏はひんやり涼しいもので人気の観光スポットとなっている。

 そうそう、樹海といえば……
 一度迷い込んだら二度とは出てこられない。
 自殺者があとをたたない。
 方位磁石が効かなくなる。
 電子機器が使えない。
 携帯電話の電波が入らない。
 外部と隔絶された呪われた村がある。
 森を徘徊しいてる怪物をみた!
 無数の霊がウヨウヨ彷徨っている!
 古代遺跡が存在している。
 あらわれたり消えたりする幻の湖があるらしい。
 政府の秘密の研究所がある……などなど。

 数多の俗説、ウワサや都市伝説にはことかかない、夢とロマンあふれる魅惑のドキドキスポットだ。
 しかしその歴史は意外に浅く、千二百年ほど。
 森としてはまだまだ若いベイビーな森だったりする。
 そしてここで非常に残念なお知らせだが、ウワサの大半はデマである。

 たしかに足下はごつごつしており、太い木の根がうねっており、不気味で視界も悪いけれども、がんばって歩き続ければ、ふつうに森から外に出られる。
 自殺に関しては……まぁ、そこそこかな。
 だが単純に数だけみれば、他にも多い場所は各地にザラにあって、ここだけが取り立てて率が高いわけではないそうな。
 もっとも発見されていないケースもあるので、正確なところはわからないけれども。
 あと森の中でも磁石や機器にいたってはふつうに使える。
 ところによってはちょっと狂うけど、誤差の範囲だ。スマートフォンの電波も極端な窪地とかでなければ届く。

 ホラー系の話については、正直なところよくわからない。
 たぶん映画とか小説、アニメやマンガなどの影響が大きいのだろう。
 ぶっちゃけお化けよりも、メディアの影響力の方がよほどおっかないのだ。
 メディアの報道に影響されて同じ場所や方法での自殺が増える。
 この事象を『ウェルテル効果』というそうで、若年層だけでなく心が弱っている状態だと年配者でも、ついふらふらと。
 かくして自殺の名所は誕生するそうな。
 へーほー。

 ……などという情報やら雑知識を、現地へと向かう車中で善志は秀から延々と聞かされた。
 おかげで善志まですっかり樹海に詳しくなってしまった。
 賢い秀は下調べを欠かさない。天候やら交通情報なんかもこまめにチェックしている。必要な道具類もしっかり用意する。
 ただ惜しむらくは、その熱意と賢さを注ぐ対象が妙智希林なことだ。

 本日は前回のかぐや姫の捜索に続く、最高の嫁探し企画の第二弾『眠れる森の美女を求めて樹海へGO!』である。

 容姿端麗にして文武両道、明るく社交的でみんなの人気者、しかもお金持ちのボンボンでもある秀だが、それは仮の姿、ふだんは猫をかぶっている。
 本性は、かなりヤバい奴だ。
 では、どれぐらいヤバいのかといえば……

「僕はこう見えて嫁を大事にする男だ。そして一途でもある。だからね。どうせだったら僕の永遠の愛を捧げるのにふさわしい、とびっきりの美女を娶りたいと、つねづね考えている」

 なんぞと声高に主張したかとおもえば、嫁探しと称して実際に遠出をし、奇矯な行動に走ったりもする。愛車もぶんぶん走らせる。
 秀がどこまで本気なのかはわからない。
 が、かぐや姫を捜しにわざわざ泊りがけで他県の竹林に出かけては、朝から晩までせっせと青竹を刈るぐらいには本気にて。
 つき合わされる善志はたまったものじゃない。
 しかし、いくら竹を切ったところで、当然ながらかぐや姫なんぞがあらわれるわけもなく……
 いたのは大量のヤブ蚊と地主の老爺だけであった。

 丹精込めて世話をしている竹林。
 そこへ無断で入り込んでは、勝手にギコギコ伐採している若僧ども。
 これに激怒した老爺こと竹取の翁。
 お怒りはごもっとも。まさか善志も無許可だとは夢にもおもわなかった。
 にもかかわらず、秀は謝るでもなし。
 あろうことか翁の脳天をスコップでかち割り、返り討ちにしたあげくに穴を掘って埋めるという暴挙にでた。
 無茶苦茶にもほどがある!
 巻き込まれてしまった善志は、泣く泣く死体遺棄を手伝うハメになってしまったのだ。

 あのときの老爺の恨めしそうな顔……というか、確実に怨んでいるであろう。
 それを思い出し、善志はぶるり。
 ちなみにオカルトやら幽霊、お化けについては知らん。
 というのが善志のスタンスだ。
 あいにくと霊感なんてないし、その手の類を実際に見たこともない。
 というか、もしも本当にいるのならば、とっくに秀の枕元に化けて出るなり、背中にしがみついているだろう。

「なぁ、千々石。この前の爺さんなんだけど……あれっきりニュースにもなってないみたいだし。案外バレないもんなんだなぁ」

 先を歩く背に話しかければ「そんなの当然じゃないか」
 小馬鹿にしたような返事が戻ってきた。

「善志は知らないの? この国で年間にどれくらいの数の人間が、行方不明になっているとおもってるんだよ」
「ん? 千人ぐらいとか」
「ブッブー、正解は9万人でしたー」
「はぁ? 9万って、そんなにいなくなってるのかよ!」
「そうだよ善志。東京ドームの収容人数が約5万といったところだから、東京ドームをギュウギュウにスシ詰めにしたぐらいの人間が、ごっそりいなくなってるってことだよね」
「おっふ、マジかよ」
「ついでに教えてあげるけど、行方不明者のうちの五人にひとりがお年寄りだから」

 原因はさまざまだが、疾病関係が多く認知症やその疑いによるもの、あとは家庭関係や仕事がらみでの失踪もあるんだと。
 よって偏屈なお年寄りのひとりやふたりがいなくなったとて、どうということはない。
 秀は平然とそう言ってのけた。

(たくさんの行方不明者たち……か。そのうちの何人の失踪に、この男は関わっているのだろう?)

 善志は悪友の背を凝視するも、やはり何も憑いていそうにない。
 それどころか小蠅の一匹すらもたかっちゃいない。
 なのに自分の顔のまわりを、さっきからブンブンとしているのがいる。
 え~い、鬱陶しい。

「ちっ、あっちいけよ。どっから湧いてきやがった? こんなことなら虫除けスプレーを持ってくるんだったぜ」

 善志は悪態をつく。
 だが、コバエの出処はわりとすぐに明らかとなった。
 先を歩いていた秀が急に立ち止まったとおもったら、ケラケラと笑いだす。

 ――いったい何がそんなにおもしろいのか?

 訝しんだ善志が「おい、どうした? ついに気でも触れたのか?」
 声をかければ、秀はなおもケラケラ笑いながら前方を指差した。
 おかしくて震えている秀の指先。
 その指し示す方へと目を向けたとたんに「げっ!」
 善志はおもわずのけぞった。
 ひょうしに木の根に足を引っかけて尻もちをついた。

 視線の先には堂々たるモミの木がある。
 幹が太い。大人が数人がかりで輪となって、ようやく囲めるほどもある。
 周辺の樹々を圧倒する存在感だ。
 まるで森の主のよう。
 四方へとのびた枝振りも立派だけれども、そのうちの一本からぶら下がっているモノが問題であった。
 首吊り死体だ。
 風が吹いては梢がカサコソとするたびに、揺れてぷらりぷらりと……


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