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011 バイト放浪記
しおりを挟む「大友くん……すまないが、今週いっぱいということで」
アルバイト先のコンビニの店長からのクビ宣告に「はぁ、わかりました。短い間でしたけどお世話になりました」
善志はペコリと頭を下げては、気の抜けた調子でお義理の謝辞を述べる。
スラスラとこんな言葉が出てくるのは、クビになるのが初めてではないからだ。
それどころかじつは大学生になってから、善志はバイトをいくつも転々としている。
長くても二ヶ月、最短で三日といったところか。
ちなみに一番長持ちしたのがティッシュ配りのバイトであった。
では、どうしてこんなことになっているのか?
善志の勤務態度や能力に問題があるのかといえば、そんなことはない。
むしろバイトを始めた当初はどこでも「いや~、君みたいな真面目な子がきてくれて、助かるよ~」なんぞと褒められ歓迎されていたほど。
それが次第に雲行きが怪しくなっていき、職場の雰囲気や同僚から向けられる目も変わり、ついには「悪いんだけど……」といった流れになるのだ。
そうなる原因というか元凶ならば、善志には心当たりがあった。
千々石秀である。
善志が新しいバイトに慣れてきた頃合いを見計らったかのようにして、ふらりと職場にあらわれるのだ。
とはいえ仕事の邪魔をするでもなし。
「やぁやぁ善志、がんばってるみたいだねえ」
なんぞと声をかけてきては、店で買い物をしたり、飲食をしたり、職場の同僚らに愛想を振りまいたり、テッシュを受け取ったりするだけ。
……のはずなのだが、それを機に、じょじょに善志を取り巻く環境が悪化していくのだ。
どうやら裏で秀がバイト先の連中にあることないことを吹き込んでは、善志の評判を落としているらしい。
しかし狡猾な奴は、そのことを億尾にも出さない。
周囲の連中に「いったい何を言われたんだ?」と善志が訊ねてみてもみな口ごもる、ついと目をそらされ露骨に避けられるばかりにて。
まったくもって意味がわからない。
仲良くしようと秀は自分から近づいてきたくせに、大学の構内ではあいかわらず知らんぷりだ。
そのくせ昼夜を問わずにいきなり家へと押しかけてきては、僕の最高の嫁探し企画とかいう悪ふざけにつき合わされて、連れ回され、振り回され、挙句には行く先々で死体、死体、死体……ときたもんだ。
秀はいったい何がしたいのやら。
善志にはさっぱりである。
けれども、ほどなくして朧気ながらも秀の狙いというか考え、行動原理みたいなことがわかるような出来事があった。
あれは本屋で善志がアルバイトをしていたときのことである。
バイト仲間のなかに同じ大学の子がいた。
名を日比屋萌仁香といい、いまどき珍しい黒ぶち厚底メガネにおさげの女の子であった。
見るからに文学少女っぽい見た目そのままに、本好きが高じて本屋でアルバイトをしているような娘だ。
日比屋さんは陰キャタイプにて、同系統の善志にシンパシーを感じたのか、ぽつぽつと言葉を交わすようになっていき、なんとなくふたりはいい雰囲気になっていく。
これが恋愛ドラマや小説ならば、焦れ焦れしながらも初心なふたりがすったもんだありながらも、距離を縮めていくことであろう。
実際、善志の勘違いなんぞではなくて、いい感じになりつつはあったとおもう。
あとはどちらかが勇気を出して一歩を踏み出すだけ……
けれども、そんな甘くも面映ゆい関係はあっさり崩壊した。
秀である。
またしても奴だ。秀がバイト先の書店に顔を出してから、善志の周辺がおかしくなった。
もっとも顕著だったのが日比屋さんであった。
しばらくすると彼女に変化があらわれたのだ。
メガネを止めてコンタクトレンズになった。
おさげを解いて美容室に通うようになった。
休憩中、それまで化粧っ気なんてまるでなかったのに、ファッション誌のメイク特集を熱心に読み耽るようになって、実際に化粧もするようになった。
服装も茶系統の野暮ったいものから、体のラインがわかる薄手で明るく派手なものに変わった。重ね着コーデなんていう高等テクニックも駆使するようになる。
明らかにプロの手によるものとおもわれるネイルアートが施されていることもあった。
リュックではなくてブランド品のバックを持つようにもなった。
蛹から蝶へ。
あるいは陰から陽へ。
純朴だった田舎娘が都会の色に染まって垢ぬけていく。
変わらぬ善志はぽつんと置いてけぼりだ。
それにより近づきかけたふたりの距離はみるみる離れていった。
変質していく彼女を、善志は暗がりからじっと見ていることしかできない。
やがてふたりをわかつ決定的な瞬間が訪れる。
その日、日比屋さんは店長に用事があるので早上がりを申し出ていた。
「じゃあお先に~」
妙に声が弾んでいる。いまにもスキップでもしそうだ。わざわざ早上がりするほどなので、よほどうれしいことがあるのだろう。
バイト仲間らが噂をしていると、書店の前に高級外車が停車する。
見覚えのある車――秀の愛車であった。
だから、またぞろ悪ふざけ企画につき合わされるのかと善志は身構えるも、ちがった。
運転席から降りた秀が助手席側へとまわっては、ドアを開けて日比屋さんをスマートにエスコートする。
それですべて合点がいった。
彼女の変化の裏には秀がいたのだ。
構内一の人気者である秀にかかっては、おぼこな日比屋さんなんぞは赤子の手をひねるようなものであろう。
では、どうして秀が彼女にちょっかいを出したのかといえば……
着飾った日比屋さんを助手席に招き入れた秀がパタンとドアを閉めた際に、店内にいる善志の方へと顔を向けて、にぃとの笑み。
けれども口元だけで目がちっとも笑っていない。
むしろ冷め冷めとしており、うすら寒いほどだ。
浮かれている日比屋さんとはあまりにも対象的にて、これから女の子とデートに出かける男の眼差しではない。
その醒めた目を見て、善志は「あっ」
なんとなくだが、秀の魂胆がわかったような気がした。
秀は、どうやら善志が自分以外の特定の誰かと親しくなることが面白くないらしい。
自分はいつもたくさんの人間に囲まれているくせに、善志が勝手に誰かと仲良くなるのは許せないのだ。
独占欲、支配欲、所有欲、嫉妬心、執着心、偏執、偏愛、妄執……
良心の呵責なく、愛情はあれども気まぐれで相互的なものでなく、罪悪感もなく、自分本位にて自己の利益を追求する歪んだ人間。
それが千々石秀という男の本性であったのだ。
秀のなかでは善志はとっくに自分のモノということになっているらしい。
かくして善志の恋は始まることなく、小さな芽のうちに踏みにじられて無惨に摘み取られてしまった。
日比屋さんはそれからすぐにバイトを辞めた。
ほどなくして善志も辞めることになった。
職場に日比屋さんが辞めたのは、善志がしつこく付きまとっていたせいだという、ストーカー疑惑のデマが蔓延したからである。
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