かくて善志は人魚を釣りし

月芝

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010 七人ミサキの樹

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 カッポ~ン。

 陰鬱な森から所変わり、湯気煙る浴場にて――
 お馴染みの音色に耳を傾けつつ、肩までどっぷり湯舟に浸かる。
 とたんに「あ~~~~」
 あまりの心地良さに、喉の奥からつい零れる声。
 ちょいと熱めの湯だが、それがまた樹海を歩き回って汗で冷えた体に染みる。

 最高の嫁探し企画の第二弾『眠れる森の美女を求めて樹海へGO!』からの帰りのことだ。
 途中、寄り道をしてふたりは温泉へと。

 美女どころか死体ばかり発見するという波乱の展開に、すっかりささくれた心を癒したかったのもあるが、何よりも体に染みついた死臭である。
 そりゃあ、七体分もの屍体を漁れば、臭いも移るというもの。
 とはいえ全身に消臭スプレーをふりかけたこともあり、臭いそのものはすでに消えている。
 だがしかし、感覚的にまだ何かが体にまとわりついているような気がしてしょうがない。
 とにかくしつこい。
 払っても払ってもちっともとれないのだ。

 これが善志だけであるならば、ただの気のせいなのだろうけど……
 秀もしきりにスンスン、鼻をひくつかせては「う~ん、ちょっとまだ残ってるかも」と顔をしかめている。
 なのでふたりは急遽、寄り道をしてひとっ風呂浴びていくことに決めた。

(……にしても秀の奴、こんな穴場をよく知っていたな)

 広くて浅い人脈の為せる業であろうか。
 なにせインターネットの検索にも引っかからないような場所なもので。
 秀に「ちょうどいいところがある」と誘われるままに立ち寄った浴場は、寂れた田舎町の片隅にひっそりと存在していた。
 いちおう一般客にも開放されているものの、主に地元の住人たちが使っているようなマイナーな湯殿にて、商売っ気は皆無だ。昭和レトロ感が満載で、侘び寂び、情緒あふれるものであった。

 町並みに完全に埋もれている。看板なんて出ていない。
 ふつうの公民館に毛が生えたような小さな銭湯だ。
 扉は年季の入ったすりガラスのアルミサッシの引き戸にて。
 ガラガラと開ければ、とたんに顔面にむわんと。
 熱気と硫黄臭が覆いかぶさってくる。

 受付もおらず無人にて。
 入り口脇の台に小さな賽銭箱みたいなのがぽつんと置かれてある。利用料金を入れるためのもの。いちおう細いチェーンで結ばれてはいるものの、その気になったら引き千切って持っていけそう。
 ずいぶんと不用心だなと、善志が箱を揺すってみたが音はせず。
 空のようだ。地元の人間は無料、外部の人間は入浴料二百円ぽっきりなのだが、今日は善志たち以外の利用客はまだ来ていないらしい。
 あるいはこれがここでは当たり前なのかもしれない。

 脱衣場内は浴場の方から漏れてくる湯気で湿気っていた。
 さっさと服を脱いで裸となり、浴場へと向かえば色褪せたタイル貼りの浴場内は薄暗く、床はぬめっとしている。
 浴槽はなんちゃって岩風呂なのだが、これでも源泉かけ流しであるらしい。
 薬効成分は血行促進や疲労回復、リウマチや婦人病の改善に効果あり、美肌効果が期待できる……などなど。
 壁に設置されてあるパネルにそう記されてあった。

 半端な時間帯のせいか客は善志と秀しかいない。
 ラッキー! 貸し切りだ。
 おかげで他人の目を気にせずに、存分に羽をのばせるというもの。
 善志はさっさと体を洗って、湯舟に浸かっている。

 しばらくすると入念に頭と体を洗い終えた秀が、善志のとなりに入ってきた。

「なんだよ? せっかくの貸し切りなのに、わざわざくっついてくんじゃねえ」

 男ふたりで密着しての裸の付き合い。
 善志にはそんな趣味はない。
 なのに秀はヘラヘラしては「おや? 善志ってばスポーツはまったくやってないって言ってたわりには、けっこういい体してんじゃん」などと言っては気安く触ってくる。

「えーい、やめんか、気色の悪い! 俺にそっちの趣味はねえ! あとうちは兼業農家だからな。手伝いで部活なんてしている暇はなかったんだよ」

 善志の実家である大友家では、先祖代々守ってきた農地にて、米やら玉ねぎにジャガイモなんかを育てている。
 本来であれば跡継ぎの長男の仕事なのだけれども、善志の兄はとても優秀で、学業に部活動にと専念させるべく家の手伝いを免除されていた。
 その皺寄せで凡庸な弟がこき使われていたのである。
 不満が無かったと言えば嘘になる。
 けれどもお小遣いを人質にとられては、子どもに抗いようもなく……

 湯舟でわちゃわちゃ、じゃれついてくる秀を善志は邪険に扱う。
 そんな秀の体だが、ずっと陸上競技をやってきただけあって、無駄な肉はなくて引き締まっており、腹筋なんかはバッキバキに割れていた。
 こんな奴から体つきを褒められたところで、ちっともうれしくない。
 善志は手でしっしっと秀を追い払う。

 早くも遊ぶのに飽きたのか、秀は一転してのんびりくつろぐ。
 しばし静かに湯を楽しむふたり。
 そうしたら秀がぼそりとつぶやいた。

「その様子だと善志は気がついてなかったみたいだね」

 ん、いったい何のことだ?
 きょとんとしている善志に秀は続けてこう言った。

「あの樹ってばさぁ、まるで七人ミサキみたいだよね」と。

  〇

 七人ミサキ――
 それはつねに七人組で行動しているという死霊たちのこと。
 遭遇した者は憑かれて高熱を発して死んでしまう。
 ひとりをとり殺せば、七人ミサキのうちのひとりが成仏し、とり殺された者がかわりに集団に取り込まれてしまうというから恐ろしい。

 ひと口に七人ミサキといってもいろんなバリエーションがある。
 海で亡くなった者たちが死霊となり七人ミサキとなったケースや、無念の死を遂げた七人の武将がなるケースに、狂暴な山伏たちが退治された逆恨みにて祟ってなるケース、平家の落ち武者らが自分たちを裏切った村人らを恨んでなるケース、盗み目的で殺されて海に死体を捨てられた七人の女お遍路がなるケース、道を踏み外した僧侶たちが浅ましい姿に成り果てるケース……などなど。
 最近では渋谷にも出没する女子高生の七人ミサキなんぞという都市伝説もあるそうな。

 このようにいろんなパターンがあるものの、すべてに共通しているのが七という数字と、そのメンバーチェンジのシステムだ。
 死んで終わりではない。
 死後にも累々と。
 終わりのない負の連鎖が、延々と続くのだから恐ろしい。
 まったくもって救いのない存在であろう。

  〇

 淡々とした表情にて秀は七人ミサキについて語る。
 あのモミの樹がいくら立派な森の主とて、さすがに首吊りが集中し過ぎている。
 そのことから秀は、あの樹を「七人ミサキの樹」なんぞと命名した。
 たんなる偶然……と笑い飛ばすには、少々無理があるのか。
 七という符合が合致しているのも不気味だ。

 秀が話し終えたとたんに、ひゅるり。
 どこからともなく浴場内に入り込んできた冷たい風。
 隙間風に首のうしろ辺りを不意に撫でられ、善志はぶるりと身震いする。
 得体の知れない寒気を感じたもので、善志は肩までしっかり浸かるよう湯に身を沈めた。
 すぐに体全体がじわっと熱くなってくる。
 なのに奥の芯の方がなかなか温かくなってくれない。

 どんよりと重たくなった湯殿の空気。
 紛らわせるように善志が「ははは、まさか」と顔を引きつらせれば、秀もとたんに相好を崩し「だよねー」
 けれども続けて発した秀の言葉で、善志はふたたび心胆寒からしめることになる。
 秀はこう言ったのだ。

「でもあの樹ってば……やっぱりおかしいんだよねえ。だってさぁ、死んだ連中が首を吊るのに使ったはずの梯子とか台が、周辺にまったく残っていなかったんだもの」

 樹海の奥深くにある七人ミサキの樹。
 集まる首吊り自殺者たち。
 消えた足場。

 みんながみんな樹に登って首を吊ったのならばともかくとして。
 なかには若い女性や年嵩の男性がまじっていた。
 彼女や彼がスイスイと樹をよじ登れたとはとてもおもえない。
 だとすれば考えられることは、誰かが……


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