かくて善志は人魚を釣りし

月芝

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009 死体漁り

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 モミの大樹の根元に七体もの首吊り死体――

 あまりにもショッキングな光景に善志は絶句する。
 秀も日頃の饒舌ぶりがウソのように黙り込んでいた。
 さしもの悪友も、これには度肝を抜かれたらしい。
 などとおもいきや、さにあらず。
 すぐにまた秀はケラケラと腹を抱えて笑いだしては、樹を指差し言った。

「ひーひひひ、あ~おかしい。腸がよじれてからまっちゃいそう。こんなイカしたオーナメントボールをつけたクリスマスツリーなんて、僕、はじめてだよ」

 オーナメントボールとはクリスマスツリーの飾りの一種。
 たしか、喜びや祝福をあらわしていたっけか。
 にしてもいくらモミの樹だからって、厭な例えをする。

「ああそうだな、素敵な比喩をありがとうよ。おかげで俺はクリスマスのシーズンのたびに、こいつを思い出すことになりそうだ」

 善志は「ふん」と鼻筋に皺を寄せた。もちろん当てこすりである。
 とんだならぬだ。
 この先一生、善志は邪悪な聖誕祭しか楽しめないだろう。

 そんなことを考えていたら、ぷんと鼻先を不快な臭いがかすめたもので、善志はいっそう顔をしかめずにはいられない。
 一方でひとしきり笑った秀は、落ちている男性の死体のひとつに近づいては、かたわらにしゃがみ込む。手にはいつのまにやら軍手がはめられている。
 いったい何をするつもりなのかとおもいきや、秀が始めたのは死体漁りであった。
 死体が羽織っていた紺のジャケット、上着のポケットに手を突っ込んでは中身を取り出し、続いて内ポケットやらズボンの方も調べていく。

「おまえ……よくそんなもんに触れるな。で、何をやってんだよ?」
「何って見ての通りだよ、死体を漁ってんの」
「……身分証とか遺書でも探しているのか?」
「う~ん、それもだけど、他に金目のモノとかないかなぁって」
「金目のモノって、そんなもんおまえには必要ないだろうに」

 秀の実家はお金持ち。
 金持ちのボンボンの財布には黒いクレジットカードの他に、万札が束になって入っている。スマホのキャッシュレスアプリにも、たんまりチャージしている。
 学業の合間を縫ってアルバイトに精を出している善志とは大ちがいにて、秀は悠々自適にて小遣いにはことかかぬ。
 なのにわざわざ死体を漁るとか意味がわからない。

 困惑している善志に秀が言った。

「ほら、善志もいつまでもボサッとしてないで、あっちの女のバックとか調べてよ。あー、予備の軍手はないから、代わりに僕のリュックに入っているビニール袋を使うといいよ。
 べつに気にしないのなら素手でもいいけど、半分腐っている死体に素手で触るのはさすがにオススメしないけどね」

 自分にも死体漁りをしろと命じる悪友。
 秀は言い出したら聞かない。
 たとえここで秀が拒否したとて、どうせ彼は手を止めない。
 俊才の悪友は意志がとにかく強固にて、初志貫徹タイプだ。

「はぁ」

 善志は諦めて、厭なことはさっさと済ませることにした。
 ビニール袋を両手に装着して、女性の亡骸に向けていちおう手を合わせておく。ナムナム。
 念仏なんぞは覚えていないから適当にて。
 極力死体から顔をそむけつつ、彼女の持ち物を物色する。
 財布に手帳にとっくに充電が切れているスマートフォンに、ハンカチにくるまれていた指輪には……裏にN&Aの文字が刻まれている。ふたりのイニシャルにて婚約指輪なのかもしれない。
 遺書らしきものはないが、わざわざ指輪をはずしていることからして、手酷く振られたか、一方的に婚約破棄でもされてしまったせいで、自棄をおこしてしまったのかもしれない。

「ひょっとしたらこのスマホのなかに、遺書代わりの恨みつらみが記録されているのかも」

 だとすればとんだ呪物にて。
 とたんに手の中にある真っ黒な画面が不気味におもえてくる。心なしかちょっと重さが増したような……
 べつに善志は幽霊なんざ信じてはいないが、気色が悪い。

 そのときのことであった。
 黒い画面に映っている自分の背後に立つ人影が――

 驚きのあまり善志はおもわず悲鳴をあげそうになるも、寸前でどうにかこらえる。
 なんてことはない。
 よくよく見てみたら、映り込んでいたのは秀だったのだから。

「ねえねえ、そっちはどんな感じ? 収穫あった? あっちはダメだったよ。もうシケシケでロクなもんがない」

 なんぞと秀は罰当たりなことを言っては、善志が発見した指輪をひょいと掴んでは、興味深げに眺めている。

「ふ~ん、見た目だけの安物だね。でも記念に持ち帰るのならば、これぐらいが邪魔にならなくてちょうどいいかな」

 躊躇うことなく秀は指輪を自分のズボンのポケットに突っ込んだ。
 そんないわくありげな品をよく持ち帰ろうとおもえるのものだ。記念の意味もわからない。むしろ忘れられるものならば、記憶のメモリーから消去したい黒歴史であろうに。
 神経が図太いというか、物怖じしないというか。
 善志は秀に呆れずにはいられなかった。

  〇

 ふたりは死体漁りを継続している。

 不謹慎ながら、始めてみると途中で止められない。
 むしろ「次のにはもしかしたらお宝があるかも」とか、ちょっと期待している自分がいることに、戸惑いつつも善志は三体目を調べていた。

(我ながらどうかしている。ずいぶんと悪友に毒されてしまったようだ。前に奴に言われた通り、俺もたいがい壊れているって話は本当だったみたいだ)

 善志は「へっ」と口の端を歪めては自嘲する。
 三体目は若い学生風の男性であった。
 おそらく自分と同じぐらいの年代だろう。
 太宰治の文庫本を所持しており、もしかしたら創作活動に打ち込む文学青年であったのかもしれないけれども……

「才能うんぬんについては知らんけど。自分に見切りをつけるの、ちょっとはやくない? まだまだ若いんだし、もっとがんばれよ。
 でないと世の中のおっさんたちの大半が立つ瀬ないじゃないか」

 自分のことは棚にあげて、えらそうにそんなことを善志が口にすれば、それを小耳に挟んだ秀がくつくつ肩を震わせる。
 秀はすでに四体目の物色も終わらせており、一服しながら善志の作業が終わるのを待っていた。

「まったくだよ。っていうか、死ぬにしたって、どうしてわざわざ首吊りを選ぶかなぁ?
 だって善志、考えてもみなよ。いざ首をくくるとなったら、いろいろと準備がたいへんなんだよ」

 まず大前提として、丈夫なロープを自分で用意しなければならない。
 かつては自宅の鴨居とかにかけるのが定番であったのだが、最近の住宅には鴨居の上に隙間がない造りも多いから、いざ家の中で首吊りに適した場所を探すと、これがなかなか見つからなかったりする。
 しょうがないのドアのノブを使う座式首吊り方法を試したりするのだけれども、これがいっとう難しい。さらに心理的、物理的ハードルが一段も二段も跳ね上がってしまうのだ。

 輪っかをつくっては、それを自ら首にかけるだけでなく、足もはずしてぶら下がらなければならない。
 ぶら下がったら下がったで、すぐには逝けない。
 首吊りの方法にもよるのだけれども、たいていは苦しみもがくことになる。
 あまり苦しまずにすんなり逝けるケースもあるらしいが稀だ。それこそ熟達した自殺のプロでもなければ難しいだろう。
 ……などなど、うんぬんかんぬん。

 ひとしき首吊り自殺についての独自の解釈を披露した秀が、足下にあった千切れた死体の腕を蹴飛ばしながらこう結論づける。

「首吊り自殺をする奴はバカだよ。それなら睡眠薬とガスで逝く方が、よっぽど健全だもの」

 自殺に良し悪しも健全もなかろうに。
 善志は得々と講釈を垂れる秀に心底呆れつつ、最後の死体漁りを終了した。
 成果は、とくにナシだ。
 高尚な文学には興味がないので、太宰の文庫本は骸の上にそっと戻しておいた。


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