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019 母喰いの家 後編
しおりを挟む千々石の家は、父と息子の連なりだけが突出している男系一族。
祖父と父は子どもたちに対して厳格ではあったが、公平でもあった。嫡子を重要視して、下の子どもたちを蔑ろにしたりはしない。
旧家や名家にありがちな、上から押さえつけて親の敷いたレールを子に走らせようともせず。
必要がないからだ。
たとえしがらみを嫌って反発し飛び出したとしても、いずれは一族の輪に戻ってきては隆盛に寄与する。
なぜかといえば千々石の血がそうさせるがゆえにとしか……
兄たちはみな容姿端麗にして優秀であった。
三人の兄たちは人格者ばかりで、末っ子の秀を可愛がってくれている。
全員の母親がちがうわりに、家の中の雰囲気がギクシャクすることもなく、周囲でも評判の絵になる仲良し兄弟。
だがしかし、これを鵜呑みにするほど秀は素直な性格ではなかった。
老いてもなお目をギラギラさせては、一族を統べ家長の座に居座り続けている祖父が――
娶った四人の妻たちと淡々と子を成したのちに、次々に妻を亡くした父が――
実母の命と引き換えに産まれ落ち、その後三人の継母たちの死を見続けた長兄が――
目の前で産みの母がトラックに押し潰されるのを目撃したばかりか、次々と増殖していく異母弟らを持つことになった次兄が――
己は産みの母に捨てられたというのに、下の弟は実母に愛されスクスク育つのを間近でじっと見ていた三兄が――
十歳の誕生日の翌日に、池に浮かんでいる実母を発見された末弟が――
そんな男たちが日々にこやかに、健やかに、おだやかに。
ひと欠片の翳りもなく、仲睦まじく暮らしている。
これ自体を異常と云わずして、なんと云おうか!
不幸な目に合っても腐ることなく、兄弟が手に手を取り合って、互いを支え明るく前向きに生きており、とてもご立派?
あはははははは……
そんなことはありえない。
人生において、何ら取り立てるような出来事がなかろうとも、ただ生きているだけで人は歪む。
だってしょうがない。
人とはそういう生き物なのだから。
無垢なのは産まれた直後のみ、世俗に触れるほどに汚染されて、腐蝕していく。
生きながらに死へと向かい腐っていく。
逝くのが先か、完全に腐るのが先か。
いかに自分の中にある歪みと折り合いをつけて生きていくか。
あるいはすべてから目をそらし、耳をふさぎ、知らぬ存ぜぬを貫くか。
それが快適な人生を送るコツのようなもの。
なのに千々石家の男たちは一家団欒でほがらかに笑っているのだ。
まるで死んでいった女たちのことなんて、さもどうでもいいとばかりに……
この家は……自分の家族は何かがおかしい。
物心がつく前から違和感はずっとあった。ねちゃりとした蜘蛛の糸がまとわりついているような不快な感覚が絶えずつきまとう。ときには暗がりの奥から誰かに見られているような感覚に襲われることもあった。
その正体を秀が知ったのは、中学一年生になってすぐの頃だ。
たまさか月に一度、祖父と父が夜更けにふたり、必ず家を留守にしていることを知った。
ひと目を忍ぶかのようにしてこそこそと。
いったいどこへ出かけているのか。
気になった秀は、こっそりとふたりのあとをつけることにした。
家の裏にある林を抜け、ふたりが向かったのは千々石家の地所にある山のうちのひとつ、祝山。
いかにも縁起が良さそうな名前に反して、そこは一族及び地元の人たちの間では禁足地として定められているところ。
さして高い山でもないというのに、その周辺では昔から神隠しが頻発しているらしく、ゆえに立ち入ることが禁じられたといういわくつきの場所だが……
「こんな時間にあんなところへいったい何をしに?」
訝しみつつも秀は祖父たちの尾行を続けた。
やがてふたりは祝山にある洞窟へと入っていく。
さすがに洞窟の中にまでついていったらバレるので、入り口付近から奥の様子を伺っていれば、待つこと三十分ほど。
祖父たちが戻ってきたもので、秀はあわてて近くの木の裏に隠れてやり過ごす。
「ふぅ、もうそろそろいいかな」
木陰より姿をあらわした秀は、ぽっかりと口を開けている暗い洞窟に物怖じすることもなく入っていった。
持ってきた懐中電灯にて照らしながら進んでいく。
狭い洞窟だ。大人の男性ならば並んで歩けばかつかつだろう。
岩肌にはところどころ削ったような跡がある。もとからあった洞窟に手を加えたもののようだ。
昔は便利な道具なんてなかったから全部手彫り、それだけの手間をかけるだけの何かがこの奥にはあるということ。
秀は舌舐めずりをする。
洞窟の中は一本道にて、ほんの30メートルほどで行き止まり。
奥の突き当りには小さな社があった。
祠に毛が生えた程度の大きさにて小屋といってもいいぐらい。
格子戸には南京錠がかけられており、あいにくと開かない。
だから格子の隙間から懐中電灯で内部を照らしてみれば、異様な光景が目に飛び込んでくる。
部屋の中央には古井戸らしきものがあって青銅の蓋がしてある。
室内には縦横斜めにと幾重にも注連縄が張り巡らされており、白い紙垂がずらり、並んではゆらゆらと揺れている。
三方の壁全体にお札らしき紙がびっしりと貼られており、こちらもかすかにカサコソと震えている。
「な、なんだよこれ? それにこの音、どこかから風が来ている?」
とはいえ自分がいる方からではない。
紙垂らの揺れ具合から、どうやら古井戸の方から微風が吹いてきているようだけど。
ゆえにふたたび古井戸の方を懐中電灯で照らした秀は「――えっ」
さっき見たときにはしっかり閉じられていたはずの井戸の蓋が、わずかに右にズレている。
上に乗せているだけで固定されてはいないとはいえ、勝手に動くほど軽いものではないはず。
だからはじめは気のせいかとおもったのだけれども、じっと見つめている間にも、じりり、じりりと蓋が横に動いていた。
――何かが古井戸の底から出てこようとしている!
直感的にそう感じた秀は、すぐさまきびすを返そうとする。
けれどもそのタイミングで、急にバサバサバサバサバ……
紙垂やお札が一斉に騒ぎだし、ぷつん、ぷつんと注連縄が切れては床へと落ちていく。
驚くあまり秀の手から懐中電灯が零れた。
カツンと地面に落ちたひょうしにスイッチが切れてしまい、視界が暗転する。
真っ暗闇のなか、手探りで落ちた懐中電灯を捜しているうちに、件のガサガサ音はいつのまにやら止んでいた。
しぃん……静かになった洞窟内。
どうにか懐中電灯を発見することができた秀はすぐにスイッチをつけると――
それはすぐ目の前にいた。
光の中でにちゃりとの笑み。
『だぁめ、ひとりも逃がさない』
声を聞いた瞬間に――ぷつん。
秀の意識は急に焼き切られたみたいにして途切れた。
〇
「はっ!」
気がつくと秀は自分の部屋のベッドにいた。
わけがわからない。
すぐに起きようとするも「あれ?」
体に力が入らずに、ぐにゃりと倒れてしまう。
それもそのはずにて。
様子を見に来た女中によれば、秀はかれこれ五日も寝込んでいたという。
表向きには熱を出してとの理由にて。
しかし秀がそうなったことに心当たりがあった祖父は、後日、見舞いにきたときに枕元で末孫にこう告げた。
「あれを見たな? あれは福の神みたいなものよ。まぁ、約定をたがえぬかぎりは問題ない。幸いにもおまえのことを気に入ったようだしな。
おかげで我が千々石家は安泰よ。せいぜい励んで嫁を捧げるがよい」と。
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