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020 チンチロリン
しおりを挟むブロロロロロロ……
唸るエンジン。
天女伝説がある夕比ヶ浜へと向かう道中の車中にて――
助手席にて遠慮なくシートを倒しては、ボーっとするのにも飽きた善志が、何気なく発した「なぁ? おまえん家ってば、どんな感じ」との問いに対して、ハンドルを握る秀が滔々と語ったのは、
『千々石家は母喰いの家にて、何やら得体の知れないバケモノを飼っている』
という世にも奇妙な話であった。
てっきりいつもの悪ふざけの与太話かともおもったもので、善志は「またまたぁ」と茶化そうとするも、悪友の横顔がまるで能の小面のようになっていたのを目にして、ギョッ!
さらにはいつの間にやら車窓の景色の流れが、ずいぶんと速くなっているではないか。
運転席のスピードメーターを盗み見て、善志はギョギョッ!
デジタル表示されている数字がちょっとおかしなことになっている。
どうやら自分の家の話をしている間中、秀はずっとアクセルペダルをベタ踏みだったようだ。昔の車だったらキンコンと速度超過の警告音が鳴りっぱなしであろう。
これだけの速度だ。ほんの少し、秀がハンドル操作を誤ればたちまち車は操作不能に陥り、ふたりそろってお陀仏となるだろう。
だから彼を刺激しないように善志はおずおずと「なぁ、さすがにちょっとスピードを出し過ぎじゃね?」と声をかければ……
「おっと、いけない。話し込んでいるうちに、ついペダルを踏む足に力が入ってしまっていたみたいだね。ごめんごめん」
ケロリといつもの秀に戻っていた。
ゆるゆると速度を落としていき、ウインカーをチカチカさせながら追い越し車線から車線変更をする。
通常車線へと移動したところで、秀は「でもね」と言った。
「心配しなくても、これぐらいじゃあ僕はたぶん死ねないから。なにせアレが離してくれないもの」
アレとは千々石の家が約定というか契約? を結んでいる相手のこと。
秀によれば、
「僕たち、千々石の家の男たちはアレにずいぶんと執着されていてね。勝手に離れることは許されないんだ。だから究極の逃避であろう死にはとても縁遠いんだ。
過去には耐えかねて電車に飛び込んだ人もいたみたいだけど。
ねえ、信じられる? その電車ってば寸前でキキーッて止まっちゃったんだってさ。なんでも運転手が突発性の心臓麻痺を起こして倒れちゃって、うっかりブレーキを操作したとか。もちろん偶然なんかじゃない。
まぁ、とどのつまり、僕たち千々石家の男たちは、アレに生殺与奪の権利を握られているみたいなものなんだよ」
とのことらしい。
だから高速道路で多少はしゃごうとも、車がクラッシュすることはない。
よしんば事故を起こしたとて、秀はきっとたいした怪我をしないだろう。
だから心配ご無用である。
「へ~そうなんだ……って、ちょっと待て! それってつまり事故っても千々石は無事だけど、俺はそうじゃないってことじゃないのか?」
「あー、そうとも言うかな」
「だったらぜんぜんダメじゃん! とんだとばっちりじゃねえか! 死ぬならひとりで死ねよ!」
「えー、連れないなぁ。僕と善志の仲じゃないか。裸の付き合いまでしたというのにそんなことを言うだなんて。僕は悲しいよ、シクシク」
「なぁにが僕と善志の仲だよ! おまえが脳天をかち割った爺さんをいっしょに竹林に埋めさせられたり、樹海で死体漁りをしたり、山で奇妙な女と行き合ったりするようなロクでもねえ仲じゃねえか」
挙句の果てに、千々石家で飼っているバケモノの祟りの巻き添えを喰らってはたまったものではない。
だが、話はこれだけでは終わらなかった。
ついでとばかり秀は千々石一族の秘密について暴露する。
「その様子だと善志は気づいていないみたいだけど、僕の家の話ってばいろいろとツッコミどころが満載だったでしょう?
アレのこともそうだし、家族の様子や一族の繁栄ぶりとかも」
「それはまぁ、たしかに」
「でもさぁ、よくよく考えてみてよ。四人兄弟の全員が容姿にも頭脳にも優れていて、人格者揃いとかってありえるとおもう?」
言われてみればたしかに不自然かも。
自分のところ、大友家なんて兄は神童で自分はデガラシだもの。
二人きりの兄弟ですらもがこれなのだ。四人ともなればもっと違いがないほうがおかしい。たとえ同じ環境で育ったといえどもだ。
それが判で押したように兄弟みな優秀とか。
いや、それどころか歴代の直系男子らはみなそうであるがゆえに、いまなお家は隆盛を誇っているわけで。
「ま、まさか……そのこともアレとやらの約定というか恩恵のうちなのか!?」
「そういうことらしいよ。ほら、オリンピックのメダリスト同士が結婚したからって、子どもが必ずしも優秀なスポーツ選手になるとはかぎらないでしょう。
かの偉大な楽聖であるヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだってそうさ。
その息子たちは親の才は受け継がなかった。
信長や秀吉もそう。家康にしたってぶっちゃけ微妙だったし」
そうそう都合よく家が繁栄したり、子宝に恵まれたり、それが優秀な子ばかりだったりするわけがない。
遺伝子はサイコロの目みたいなもの。
必ずしも狙った目が出るわけじゃない。
チンチロリン。
ピンゾロ、ぞろ目にジゴロ、通常目に役なし、ションベン、123のヒフミ。
いい目が出ることもあれば、悪い目が出ることもある。
いくら優秀な遺伝子を集めたとて、必ずしも優秀なのが産まれるとはかぎらない。
医学と技術の進歩により事前に性別や数はわかるようになったものの、中身まではさっぱりだ。
こればっかりはオンギャアと蓋を開けてみるまでわからない。
ましてやそれが優秀に育つかどうかなんて、それこそ神のみぞ知るである。
なのに判を押したようにポンポンと産まれる。
つまりはそういうことなのだ。
そんな千々石家。
子を残すことは許されるが、誰かと添い遂げることは許さない。
なぜなら千々石の男たちは、みな彼女のモノだから。
そして子どもを産んだ雌に、もう用はない。
卵を産んだ鮭や鮎と同じだ。あとは朽ち果てるのみ。
「……なんかおまえの家、いろいろとすげえな。こうなるとどっちか飼ってるのかわからなくなってくる」
「本当にそうだよねえ。アレからすると競走馬を育てるシュミレーションゲームをやっているみたいな感覚なのかも。でも、だからこそ僕は最高の嫁を求めているんだよ」
「?」
「だってさぁ、そこいらにいる普通の女性じゃ、アレにはとても太刀打ちできそうにないんだもの。かといって独身を通すのもしゃくだし、たぶん親戚連中が許してくれないだろうし」
「なんで?」
「だって直系が途絶えたら、アレとの契約も終了になるからね。そうしたら千々石一族はきっとたちまち没落しちゃうよ。昔話とかでもお約束でしょう」
「あー、たしかに。座敷童とかに逃げられた家の末路は悲惨だっていうからなぁ」
「そういうこと。だから最悪、僕の意思とは関係なしに嫁をあてがわれて、無理矢理にでも子作りをさせられちゃうかも」
一度囲い込んだ富を手放したくない。
欲に目が眩んだ人間は、そのためならば何でもする。
ならばせめて自分が納得する嫁を迎えたい。
というのが秀の望みにて、だからこそこうやって暇を見つけては、各地に出向いているわけで。
秀理論によれば「アレがいる以上は、それ以外の不思議な存在がいる可能性が極めて高い。ましてや伝説級の美女ならば、きっとローカル怪異なんぞに負けやしないはず」とのこと。
たしかにかぐや姫とアレならば、かぐや姫の方が強そうな気がする……のか?
その理屈はわかるようなわからないような。
善志は「う~ん」と首をひねるばかり。
ちなみにだが、ずっとアレをアレ呼ばわりしているのは、名前がないから。
わざと命名していない。
なぜなら名付けは存在を固定するから。
雑草とて、じつはひとつひとつに名がある。
それを知り、認識している者の目には、雑草はただの雑草とは映っていない。
でも知らなければ雑草はどこまでいっても雑草だ。
これと同じこと。
下手に名前を与えれば、存在が現世に固定されてしまう。
それはあまりにも危険な行為にて。
「夏季休暇になったらうちに遊びにおいでよ。歓迎するよ。
洞窟にある社の古井戸も見せてあげる」
にこにこと秀から誘われて、善志は「絶対にイヤだ!」
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