かくて善志は人魚を釣りし

月芝

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021 海へ行こう!

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 秀が運転する車は高速道路を降りて一般道へと。
 目的地近くのインターチェンジは山間部にあったもので、しばらく曲がりくねった陰鬱な道が続く。

 なかなかの難所にて。
 片や急斜面、片や崖、ガードレールは要所要所にしか設置されてらず、道幅は普通乗用車がぎりぎり行き交えるぐらい。
 もしも反対側からダンプカーやトラックなんぞがきたら、どちらかが最寄りのハンプ――道路のすれちがいでっぱりのこと――までバックする必要がある。

 右へ左へと車が曲がるたびに、ぐぃんぐぃん。
 遠心力が体にかかっては、内蔵が引っ張られる。
 そのせいでちょっと酔ってしまういそう……
 だから善志が前もって「吐いたらごめん」と断りを入れるも、秀は「吐いたら殺す」とにっこり、爽やかな笑顔。
 目の奥がちっとも笑っていない、こいつは本気だ。
 いざとなったら躊躇する男ではない。
 それがわかっているので善志はすっかり肝が冷えてしまい、ちがう気持ちの悪さにて上書きされたおかげで、吐き気はどこぞに失せてしまった。

 山道を進むこと30分ほど。
 次第に傾斜がなだらかになっていく。
 そして唐突に山道が終わって、視界が開けた。

 海だ。

 あいにくの曇り空ゆえに、せっかくの海原も魅力は半減。
 だが、ずっと窮屈な景色の中にあったもので、この解放感はなかなかどうして侮れぬ。

「晴れてたらきっともっとキレイだったんだろうなぁ」
「うん、そうだね。なにせ天女がわざわざ舞い降りるぐらいだもの」

 善志と秀はそんな感想を口にした。
 俄然期待が高まるのは、知る人ぞ知るという風光明媚な夕比ヶ浜である。
 とはいえだ。
 善志は運転席の悪友をちら見する。

 秀には悪いがどうせ今回も空振りだろう。
 そんなにホイホイ天女が舞い降りていたら、いまごろ夕比ヶ浜は大人気スポットになっているもの。きっと全国からカモメならぬどもが、美女の裸目当てにわんさか押しかけているだろう。
 これが夏の海開きシーズンとかならば、水着ギャルのひとりやふたりいるかもしれないけれど、半端な季節ゆえにそれも期待はできそうにない。

「どうせだったら夏の盛りにきたかった」

 善志がぼやけば、秀が「バカだなぁ」と呆れた。

「そんなイモ洗いシーズンに天女が舞い降りてくるわけないじゃないか。かといって冬場は海風がきついし波も高い。だからこそのいまなんだよ」

 またぞろそれっぽい自説を展開する秀。
 善志は「んなわけあるかい」とはおもったけれども、おもっただけで声には出さない。
 下手に言い返すと、怒涛の反撃に見舞われるからだ。
 そうなると話が長くなる。しかもクドクド、ネチネチにて、すっかり疲弊してしまう。
 冗談抜きに夢でもうなされることになるから、善志は一度でもう懲りた。
 はなはだ不本意なれども、なんだかんだで千々石秀という男との付き合い方を学んでいる善志なのであった。

  〇

 海岸線沿いの道を走っていく。
 行き交う車はほとんどいない、閑散としている。
 海風を楽しもうと窓を開けてみたけれども、善志はすぐに顔をしかめて窓を閉じた。

「うん、磯臭い。風がなんだかベトベトしている。ちっとも爽やかじゃない」

 これがドラマとかだと、髪をたなびかせながら「うわ~、気持ちいい~」となるのに、現実はこんなもの。
 秀によれば、ひと口に海風といっても地域によって質がかなり違うらしく、北に行くほど海風は湿気っておりじっとり、南に行けば逆にからりと爽やかで匂いもあまりきつくないそうな。へー。

「だったら沖縄に行った方が良かったんじゃねえの? 天女だって青い海とサンゴ礁の南国リゾートの方がうれしいだろうに」
「じつは沖縄にも羽衣伝説はごろごろあるんだよねえ」
「ふ~ん、でもあの話ってば、けっこうツッコミどころ満載だよな。
 例えば誰もいないからって、真っ裸でいきなり泳ぎだすとか。昔ってば若い娘が人前で肌を晒すのとか、うるさそうじゃん? なのにすっぽんぽんはさすがにどうかとおもう。露出狂の痴女だよ、痴女。
 あとそれを覗いてハアハア興奮していた男も男だし、挙句の果てには羽衣を盗んでおいて返して欲しければ自分のいうことを聞けとか、もうムチャクチャじゃん。
 羽衣物語じゃなくて、破廉恥物語だぜ。羽衣だけに。
 しかもだ。それを絵本にして子どもたちに嬉々として読み聞かせるとか。
 もはや鬼畜の所業じゃね? DV男やストーカーに変態を量産したいのか? いったいどんな悪魔を育てたいんだよ?」
「まぁまぁ、童話とか昔話って原作はわりと残酷だから」

 シンデレラではガラスの靴が入らないからって、つま先をチョンパしちゃったり、イジワルな継母の娘たちがラストで鳥に両目を抉られて、ざまぁされちゃったりとか。

 眠れる森の美女にいたっては、寝ている姫を発見した王子はムラムラして、ついチョメチョメしちゃう。それもすっかり味を占めてしまい何度も足繁く通っては、発情期の猿のごとくチョメチョメ、チョメチョメしまくる。
 やがて眠り姫が目覚めたときには、ぽっこりお腹になっており「なんじゃこりゃーっ!」
 でもデキちゃったものはしょうがないよね。責任はとるよと王子。
 デキ婚にてめでたしめでたし。

 現代の倫理観に照らし合わせると、女性陣からは盛大なブーイングがあがり、男性陣からも「さすがにひくわ」となる話がわんさか。
 それに比べたら天女系はちょびっとマシなのかしらん、う~ん。

「で、天女がひとりヌーディストビーチを堪能していたとして、千々石はどうするつもりだ? やっぱり羽衣をパクって脅すのか?」

 善志が冗談まじりで訊ねれば、

「いやいや、やらないよ。僕は紳士だからね。相手の弱味を握って無理矢理に迫ったところで、絶対にギクシャクしちゃうじゃないか。
 そんな関係、どうせ長続きはしないよ。だからふつうに、真摯に、誠実に口説かせてもらうさ。自分でいうのも何だけど、実家のアレ以外は、わりと優良物件だとおもうからね、僕は」

 秀はぬけぬけと言った。

「けっ、勝手にほざいてろ」

 善志は口をへの字にする。
 悔しいが、その通りにて秀は見た目にも能力も優れており財力もある。
 ぶっちゃけ家のアレについて正直に話しても、恋は盲目とやらで。

「それでもいいわ。私が守ってあげる」

 とか言って、さもヒロインのように振る舞う女がひとりやふたりどころか、十や二十ぐらいあらわれそう。
 それぐらいには魅力的に見える男だ。
 しかも秀の擬態は完璧にて、当人がその気にならないかぎりは、正体がバレることはないだろう。

「なんか納得いかねえなぁ」

 ぶつくさ文句を言っているうちに、いよいよ目的地が近づいてきた。
 道路沿いに看板が出ており、あと500メートルほどで夕比ヶ浜に到着する。
 という段になって、秀がいきなりブレーキを踏んだ!
 キキーッと甲高い音がして、後輪を軽くドリフトさせての急停車。

 ちゃんとシートベルトをしていたから良かったものの、下手をしたらダッシュボードに頭をぶつけかねない勢いにて。

「イテテテ、首がもげるかとおもった。危ねえなぁ、急にどうしたってんだよ!」

 乱暴な運転に怒る善志。
 だが秀は前方に顔を向けたまま、大きく目を見開いている。
 いったい何に驚いているのかと善志もそっちを向いてみたら……

 衣服が乱れた半裸の若い女が道路に転がっていた。


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