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022 天女と黒い箱
しおりを挟む道路へ女がいきなり飛び出してきたもので、秀は急ブレーキを踏んだ。
キキーッ!
性能のいい外車なのでギリギリ間に合ったが、これがボロの中古車でつんつるてんのタイヤだったら、きっとそのままスコンと撥ねていたことであろう。
にしても心臓に悪い。さしもの秀も魂消たらしく、ハンドルをぎゅっと握ったままで固まっている。
「イテテ」と首をさすりながら、善志が見てみれば、飛び出してきた女はけっこうひどい格好だ。
ちょっと目のやり場に困るほどの衣服の乱れ具合にて。
シートベルトをはずし、善志は車外へと出た。
「おい、あんた、大丈夫か?」
近づき声をかけながら、とりあえず自分が羽織っていたジャケットを脱いで女の肩にかけてやる。
そうしたら女がハッと顔をあげるなり「森から出られたものでつい気が抜けちゃった! いけない、ここからすぐに離れないと奴らが追ってくる!」なんぞと言い出したかとおもえば、いきなり善志の腕をむんずと掴んでは車の方へと歩き出す。
ふむ、まったくもってわけがわからない。
あと、意外に女の力が強くて振り払えない。
「あの、ちょっと……爪が皮膚に食い込んで痛いんですけど」
相手が自分たちと同じぐらいの若い女性ということで、善志は控えめに抗議するも女はそれにはまるで耳を貸さず。
開けっ放しであったドアから助手席に勝手に乗り込んでは、運転席の秀に「すぐにここを離れてちょうだい」と命じたばかりか、善志にも「ほら、あんたもグズグズしてないで、さっさとうしろに乗って!」
気圧された善志は言われるままに後部座席へと。
しょうがないので秀はとりあえずシフトレバーをドライブにし、車を発進させた。
天女を捜しにきたら、目的地の手前で変な女を拾った。
というか乱れた格好からして、明らかに事件性アリだろう。
だから「なぁ、何があったのかは知らんけど、とりあえず警察に電話しとくか?」とスマホ片手に善志が提案するも、
「警察はダメよ!」
「警察は感心しないな」
助手席の女だけでなく、運転席の秀からまで同時に反対された。
女には警察には頼れない事情がある。
この時点で、もう厄介事が確定だろう。
でもって秀までもが反対したのは、叩くとげふんげふん咳き込むほどにホコリが出る身だからだ。ああ見えて、いちおう自覚はあるらしい。
そんな男たちの態度から、女はすぐにピンきたらしく、にへらとの厭らしい笑みにて。
「ふふん、その様子だと、どうやらあなたたちもワケアリみたいね」
彼女は岡天女と名乗った。
海沿いの森を抜けた先にある廃村から逃げてきたという。
なんでも『日給50万円、高級リゾートでセレブ相手にコンパニオンをしませんか。素敵な出会いがあるかもね』などという怪しげなアルバイトに応募したところ、一服盛られて気がついたら森の奥の廃村に連れ込まれていたそうな。
接待するだけで日給50万円!? ありえない。
たとえ体目当てのいかがわしい内容だとしてもだ。
胡散臭いにもほどがある。
この女はどうしてそんな見るからに怪しいアルバイトの募集に引っかかったのだろう。
秀はすっかり呆れ顔だ。
「それで廃村で大勢にまわされそうになって、慌てて逃げ出してきたのか」
善志がジト目を向ける。
けれども天女は「とんでもない! そんな生易しいものじゃなかったわよ!」と声を荒げた。
よってたかって慰み者にされるのも、たいがい酷い話だとおもうが、それどころじゃないと天女は言う。
そして彼女の口から飛び出したのは「あやうく生贄にされかけたのよ」という、トンデモ発言であった。
〇
高額報酬にホイホイ釣られて、のこのことついていったカモならぬ岡天女。
バスのなかで出されたジュースに口をつけたとたんに、強い眠気に襲われる。
そして次に目が覚めたときには、見知らぬ場所に転がされていた。
ぽつんぽつんと周辺に点在しているのは朽ちた廃屋たち。
錆びた廃車があった。タイヤやエンジンなどははずさており、ガラスもなく骨組みだけが草むらに放置されている。
見たことのないジュース缶を陳列している、色あせた自動販売機もまたとっくに壊れている。
蔓におおわれた木の電柱は傾いており、いまにもポキリと倒れそう。千切れたコードがだらりと垂れていた。
のび放題の雑草により、道はほぼ埋もれてしまっている。
気をつけないと、道沿いの用水路に落ちることになるだろう。
無人となって久しい集落だ。
空気の淀み、ヒンヤリとした冷気が漂い、湿り気とカビ臭さもまた不快で、陰鬱で……
厭な意味で趣きがある。
心霊系のネット配信者とか、嬉々として訪れそう。
かつてはそれなりに賑わっていたのかもしれないけれど、いまでは誰からも顧みられない。地図からも消え、地元の人間からも存在すら忘れられたであろう廃村だ。
そんな虚しい場所に拉致されてきた天女は、目を覚ますなり「いったいどうなってんのよ!?」と困惑する。手足をロープで縛られており、ろく動けない。そんな格好で無造作に地面に転がされている。
モゾモゾしては懸命に首を動かし周囲の状況を探るうちに、自分のすぐうしろに奇妙なモノが鎮座していることを知った。
てっきり壁かとおもっていたのだけれども。
黒い……黒い箱だ。
一辺が4メートルほどもある大きな正方形の箱。
表面は黒真珠のようにつるんとしている。
キレイ……だけど眺めているとうなじの毛がチリリと。
暗い深淵を覗き込んでいるような気分になり、意識が吸い込まれそうに錯覚する。
なんともいえない不気味さがあって、怖気を誘う箱にて。
天女は直感的に「こいつはきっとよくないものだ」とおもった。
それは正しかった
なにせ箱の中にはおぞましいものが、たんと詰まっていたのだから。
どうにかして拘束を解こうと天女が藻掻いていたら、ザッザッザッザッ……
複数の足音が聞こえてきたもので、天女は狸寝入りを決め込んだ。隙をみて脱出するのならば下手に警戒されるよりも、油断させておいたほうがいい。
やってきた者たちはガサゴソと。
黒い箱の周囲で何ごとかの作業を始めた。
天女がバレないように薄っすらとまぶたをあけて盗み見れば、けっこうは大所帯だ。
五十人近くもいるであろうか。男性の方が多いものの女性もちらほらまじっている。背格好はまちまちだが、年齢などはわからない。
なにせ全員が歌舞伎の黒衣が被っているような頭巾にて、顔を隠しているのだもの。
それだけでも気味が悪いのに、さらにはその頭巾の幕の表面に描かれてある柄だ。
三白眼の瞳が八つ、二列で縦に並んでいる。
ふたつしかないはずの目がたくさんある姿は異様な風体にて、どうにも胸をざわつかせてしょうがない。
(なんだこいつら? 気持ち悪い連中だなぁ)
様子を伺っていると、作業をしているうちのひとりが不意に自分の方を向いたもので、天女はあわてて目をギュッと閉じた。
代わりに聞き耳を立てていると男たちのこんな会話が聞こえてきた。
「今回のもいい感じに身も心も穢れていそうだな」
「あぁ、あんなネットの告知に釣られてくるんだから、相当に身持ちが悪いんだろう。パパ活とかもやっていそうだし」
「だな。おかげで小娘ひとり、ぶらりといなくなっても騒がれることもないから、うちの教団にとってはありがたいもんだ」
「やれ、便利な世の中になったものだ。スマホでちょちょいと告知すれば、すぐに生贄が手に入るんだから」
「まったくだな」
――教団! 生贄!!
残念ながら冗談とかドッキリの類ではなさげ。
いまさらながらに天女は冷や汗たらりで「こいつはマジやべーかも」
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