かくて善志は人魚を釣りし

月芝

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023 僕らのマジックミラー号

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 八つ目の黒衣たち。
 せっせと何をしているのかとおもいきや、手分けして地面に巨大な魔法陣のようなものを石灰で描いていた。かなり複雑怪奇な模様にて。
 中心にあるのは黒い箱と天女だ。
 ここまで手の込んだことをしておいて、いざ生贄を捧げる段になってなんてことはないだろう。
 こいつらは本気だ。
 本気で自分のことを生贄にするつもりだ。

 すぐにでも逃げるべき。
 けれども手足を縛られており、身動きするのもままならぬ。
 焦る天女。
 そうこうしている間にも、儀式の準備は着々と進められていく。

 一時間ほどもかかったであろうか。
 ついに準備が整ってしまった。
 と、ここでようやく好転の兆しが……

「ほら、起きろ」

 足で小突かれた天女は、さもいま起きたばかりのような演技をしては「え、な、なんなの? ここはどこ? あなたたちは? 私をどうするつもり?」
 矢継ぎ早やに質問を投げかけるも、男たちがそれに答えることはない。
 無言のまま手足を拘束していたロープが切られて自由に……はならない。代わりにふたりがかりで両脇から抱えられては、捕獲された宇宙人状態になる。

 そんな天女に、集団の代表とおぼしきスーツ姿の八つ目の黒衣が淡々と告げる。

「さぁ、穢れし魂を持つ者よ。おまえの身をこれから箱へと捧げる。新世界を導く礎となれるのだ。歓喜に打ち震えながら、楽園へと誘われるがよい」

 宣言するなり周囲からパチパチと拍手が起き、カチリ。
 スーツ姿の男が手元のスイッチを押すなり、黒い箱に変化が生じる。
 黒真珠のような外観が、一転して透明な水槽のようになったのだ。
 おかげで中身が透け透け。

「えっ、マジックミラー号!?」

 天女はおもわず叫んだ。
 マジックミラー号とは、荷台をマジックミラーで囲った自動車のことで、車両は外からは見えない特殊なミラーを使用しており、内部からは外部が見える仕組みになっている。
 このなかでチョメチョメするという、知る人ぞ知るアダルトビデオでは大人気コンテンツ。アウトドアとはまたちがったスリルとシチュエーション、好きな人にはとにかくぶっ刺さるらしい。

「失敬な! うちのご神体をあんな下劣な見世物といっしょにするな!」

 スーツ姿の八つ目の黒衣はぷんすか目くじらを立てた。
 だが、それは自白みたいもの。視聴したことがなければ、否定のしようがない。
 語るに落ちるとはまさにこのこと。

 自分たちのリーダーのうっかり発言を受けて、この場に居合わせた女性陣たちから向けられる視線がいっきに冷たくなった。
 たとえ黒衣で顔を隠していてもこういうのは隠しきれない。

「うわ~、キモ」と言わんばかりの厳しい視線にて。

 不用意な発言により、リーダーは女性陣からの支持率を著しく低下した。
 それを誤魔化すかのように「えー、こほん」
 スーツ姿の八つ目の黒衣は咳払いし、「ふん、これを見てもまだそんな態度でいられるかな」

 箱の奥を顎で示され、じーっと見てみれば中には醤油を薄めたような液体がはいっており、何かが漬けられている。
 さらにじーっと見つめているうちに、その正体が明らかとなった瞬間「ひっ」
 天女は恐ろしさのあまりガクガクと震えだした。

 箱に漬けられていたのは裸の若い女たち。
 手足を複雑に絡ませながら複数の女体が団子となっては、まるでひとつの生き物のように、ふよふよと。
 これが歴代の生贄たちの成れの果て。
 そしていまから自分もそこの仲間入りとされる運命を悟り、腰が抜けてしまったのか、天女はその場にへたり込んでしまった。

 そんな天女の様子に溜飲を下げたのか、スーツ姿の八つ目の黒衣は「おとなしくなったか。手間がかからなくていい。いまのうちにやれ」と仲間に命じた。

 箱の裏手には階段が設けられており、そこをズルズルと引きずられるようにして運ばれていく天女。
 さなか周囲からは怪しげな念仏だか呪文が延々と唱えられている。
 重なる声が最高潮へと達したところで、いよいよ生贄を箱に投入するという段になって――

 それまでずっとうなだれて成すがままであった天女が、顔をあげたとおもったら「ふっざっけんなーっ!」
 叫ぶなり暴れては自分の両腕を抑えていた男たちを振りほどく。
 油断していた男たちは反応がわずかに遅れた。段々の上という限られた足場ということもあり、しっかりと踏ん張れず。
 それを見越して、天女はずっと脱出するチャンスを伺っていたのだ。

 ひとりを階段の上から蹴落とし、もうひとりは「そんなに尊いんだったら、おまえが逝け!」と箱の中へドボンと叩き込む。
 よもやの反撃に呆気にとられる八つ目の黒衣たち。
 周囲が動揺しているうちに天女は階段をひと息に駆けおりては、勢いのままに真っ直ぐに駆け出した。

 黒い箱を中心にして描かれた巨大な魔法陣、その外縁に沿って等間隔で配置されていた黒衣たち。
 その一角を天女は強行突破しようと目論む。
 当然ながらさせじと黒衣たちも立ち塞がることになり、まるでラグビーやアメフトのような展開となった。

 多勢に無勢。

 けれども天女はおもいのほかに動きが俊敏にて、なかなか捕まえられない。
 せっかく服を掴んでも、引き千切りながら逃げていく。
 しかしこのままではいずれ疲れて足が鈍ったところを取り押さえられるだろう。

(ちくしょう! このままじゃあ……どうせ捕まるのなら、せめてガブリとひと噛みしてやらないと、どうにも腹の虫がおさまりやしない)

 急に激しく動いたせいで痛む横腹を抑えつつ、天女が逃げ回っていると、ふと目に入ったのが手頃な大きさのレンガであった。
 かつてこの村で暮らしていたであろう誰かの置き土産。
 そいつを引っ掴んだ天女が狙いを定めたのは、集団のリーダーであるスーツ姿の八つ目の黒衣だ。
 仲間たちに逃げる生贄を追いかけさせて、自分は箱のそばでふんぞり返っている。

「くたばれ!」

 手にしたレンガを天女はおもいきりぶん投げた。
 たかが女の肩と侮るなかれ。こう見えて天女はかつては女子ソフトボールで成らした強肩の持ち主であった。
 凄い勢いで飛んでくるレンガに「うわっ」
 怯えたスーツ姿の八つ目の黒衣は、とっさにしゃがむことで直撃を回避し、ほっとしたのも束の間のこと。

 ピシリ――

 不穏な音が背後から聞こえてきたもので、スーツ姿の八つ目の黒衣は「へ?」
 ふり返って見てみれば、当たり所が悪かったのか黒い箱の表面にヒビが入っており、それがみるみる全体へと広がっていくではないか!?

「そ、そんなバカな。こいつは大統領専用車両にも使われているという防弾ガラスをベースにして作られた特注品のはずなのに」

 たぶん制作会社に騙されたのだろう。
 あるいは変なモノを漬けていたせいで、知らぬうちに腐蝕が進んでいたのかもしれない。

 ひび割れたところからピュウピュウと漬け汁が飛び出してくる。
 スーツ姿の八つ目の黒衣は慌てて駆け寄り、手で押さえようとするも――

 パッリィイィィーン!

 ついに全面的に割れてしまい、ザバァァァァ。
 中身を盛大にぶちまけてしまった。
 あれやこれやが押し寄せてきて、ふやけた女体に押しつぶされて「ぎゃーっ」とスーツ姿の八つ目の黒衣が悲鳴をあげて、仲間たちは破壊されたご神体を前にして狼狽えてはオロオロするばかり。
 その隙に「それいまだ!」

 天女はすたこらさっさ。
 包囲網を突破して廃村から逃げ出したものの、すぐに「おのれ、八つ裂きにしても飽き足らぬ。あの不心得者をなんとしても捕まえろ! 絶対に逃がすなーっ!」との檄が飛ぶ。
 背後から迫る追手たち。
 天女はひたすら暗い森を駆けた。


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