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21 サンドバック

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 紅いドラゴンさんに攫われて魔族領にきた翌朝、いつになく快適に目を覚ました私。
 幼い頃より各地を転々としていたので、枕や場所が変わったぐらいでは、鋼の自律神経が狂うなんてこともありません。
 元の世界での自分のアパートの部屋よりも大きなベッドから起き出したら、リースさんがスルスルと音もなく近寄ってきて、そのままお風呂場に持ち運ばれて朝湯と身だしなみ。私は借りてきた猫状態でされるがままです。お湯になんかいい匂いのする花びらが浮いていました。
 すっかりピカピカになったところで朝食です。
 パンが白くてふかふかでした。人間領の王城では黒くて固くて、ひと噛みごとに覚悟を決めなければならなかったというのに。小麦の精製、発酵、などの技術が確立されている証拠です。この美味しいパンを配るだけで寝返る国が出るような気がします。
 卵料理に腸詰にサラダ、どれもこれも美味しゅうございました。
 食後に紅茶を楽しんでいると、アルティナさんが現れました。しばらく一緒にお茶をしていたら、彼女がこんなことを言い出しました。

「これから兵どもの訓練なんだが、どうせ暇だろう? ちょっと遊びにこないかい」

 人間との訓練の違いを訊きたいとか、参考意見を教えて欲しいだとか、もっともらしい言い分をつけ加えますが、彼女の狙いは私の能力の把握でしょう。昨日のフリージアさんの魔眼によって色々とバレてしまったので、ずっと気になっていたようです。どうやら姉御は見た目通りに武闘派のようですね。しようがありません、ここは魔族領にお誘い戴いた礼も兼ねて協力することにしましょう。今後の魔族領移住計画を推進するにあたって、自分の価値を示しておくことは大切ですから。

「わかりました、見学させて下さい。他の魔族の方も見てみたいですし」

 これに喜んだ姉御が私をひょいと抱き上げると、そのまま訓練所に向かいます。
 歩く市松人形は、ついに抱かれるだけの市松人形に進化しました。なにせ自重と歩くという労力から解放されたのですから。
 でも、どうやら私は人化したドラゴンさんの機動性を侮っていたようです。
 長い廊下を歩いていたら途中で、「こっちの方が近道だから」と言って、いきなり窓から飛び出すんですもの。ちなみに地上四階相当の高さからです。その後も壁を飛び越えたり、屋根の上を歩いたりしながら、十分ほどで訓練場に到着しました。
 危く胃袋からせっかく詰め込んだ朝食が、揃って脱獄するところでした。迂闊に進化なんてするものではありませんね。

 訓練所は王城にあったのと同じような造りです。所以、コロセウム型という奴ですね。ただしサイズが五倍ぐらい大きいです。姉御によると魔族には大柄な方もいるそうで、これぐらいが普通なんだとか。
 そこでは色んな姿の魔族の方が訓練に勤しんでいました。
 ぷるるんとした巨大なゼリーがスライム、鎧だけで中身が無い騎士がデュラハン、長毛の毛艶のいい猫っぽい獣人に、骨々ロックな巨人、一つ目から百目まで実にいろんな亜人の姿がそこにはありました。
 私が興奮してはしゃいでいると、スライムさんが離れた的に向かってシュパッと水の刃を放って、これを真っ二つにしました。断面がツルツル、凄い威力です。
 どうやら彼は見学者の私にサービスしてくれたみたいです。すると他の方々も我先にと得意技を披露してくれました。巨大な剣を自在に操るデュラハンの見事な剣舞、優雅な見た目に反して剛拳を振るう猫の獣人、体の骨を自在に組み合わせて状況に応じて様々な戦闘スタイルをとる骨の巨人、目から色んなモノを飛ばしては的を吹き飛ばしたり、爆砕したり、蒸発させたり、消滅させたりする目力が凄い亜人たち。
 どいつもこいつも凄まじい……、こんな人たちに喧嘩を売るだなんて、本当に人類側は何を考えているのでしょうか? 力の差は歴然です。たぶんここにおられる方だけでも、私がいた国ぐらい落とせますよ。
 あれれ、でもそれなら、どうして戦争なんてしているの?

「アルティナさん、ひとつお訊ねしたいのですが……」
「なんだい、花蓮」
「いえ、人類と魔族って長らく戦争をしていると聞きました」
「あー、一応はそういうことになっているね」
「?」
「いやー、ぶっちゃけ相手にならないんだわ。アイツら弱くて。だから戦争っていうか、新兵どもの訓練がてら、適当に相手をさせているだけなんだよ。これは内緒だからな、誰にも言うなよ。本当のこと知ったら、アイツらきっともう二度と仕掛けてこないだろうから」

 アルティナさんに教えて貰った驚愕の真実。戦争どころかサンドバック扱いとは。
 ぷぷぷぷぷっ、すみません。つい笑いが堪えきれませんでした。
 まさかの相手にならない宣言には参りました。

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