とりあえず逃げる、たまに頑張る、そんな少女のファンタジー。

月芝

文字の大きさ
21 / 101

21 サンドバック

しおりを挟む
 紅いドラゴンさんに攫われて魔族領にきた翌朝、いつになく快適に目を覚ました私。
 幼い頃より各地を転々としていたので、枕や場所が変わったぐらいでは、鋼の自律神経が狂うなんてこともありません。
 元の世界での自分のアパートの部屋よりも大きなベッドから起き出したら、リースさんがスルスルと音もなく近寄ってきて、そのままお風呂場に持ち運ばれて朝湯と身だしなみ。私は借りてきた猫状態でされるがままです。お湯になんかいい匂いのする花びらが浮いていました。
 すっかりピカピカになったところで朝食です。
 パンが白くてふかふかでした。人間領の王城では黒くて固くて、ひと噛みごとに覚悟を決めなければならなかったというのに。小麦の精製、発酵、などの技術が確立されている証拠です。この美味しいパンを配るだけで寝返る国が出るような気がします。
 卵料理に腸詰にサラダ、どれもこれも美味しゅうございました。
 食後に紅茶を楽しんでいると、アルティナさんが現れました。しばらく一緒にお茶をしていたら、彼女がこんなことを言い出しました。

「これから兵どもの訓練なんだが、どうせ暇だろう? ちょっと遊びにこないかい」

 人間との訓練の違いを訊きたいとか、参考意見を教えて欲しいだとか、もっともらしい言い分をつけ加えますが、彼女の狙いは私の能力の把握でしょう。昨日のフリージアさんの魔眼によって色々とバレてしまったので、ずっと気になっていたようです。どうやら姉御は見た目通りに武闘派のようですね。しようがありません、ここは魔族領にお誘い戴いた礼も兼ねて協力することにしましょう。今後の魔族領移住計画を推進するにあたって、自分の価値を示しておくことは大切ですから。

「わかりました、見学させて下さい。他の魔族の方も見てみたいですし」

 これに喜んだ姉御が私をひょいと抱き上げると、そのまま訓練所に向かいます。
 歩く市松人形は、ついに抱かれるだけの市松人形に進化しました。なにせ自重と歩くという労力から解放されたのですから。
 でも、どうやら私は人化したドラゴンさんの機動性を侮っていたようです。
 長い廊下を歩いていたら途中で、「こっちの方が近道だから」と言って、いきなり窓から飛び出すんですもの。ちなみに地上四階相当の高さからです。その後も壁を飛び越えたり、屋根の上を歩いたりしながら、十分ほどで訓練場に到着しました。
 危く胃袋からせっかく詰め込んだ朝食が、揃って脱獄するところでした。迂闊に進化なんてするものではありませんね。

 訓練所は王城にあったのと同じような造りです。所以、コロセウム型という奴ですね。ただしサイズが五倍ぐらい大きいです。姉御によると魔族には大柄な方もいるそうで、これぐらいが普通なんだとか。
 そこでは色んな姿の魔族の方が訓練に勤しんでいました。
 ぷるるんとした巨大なゼリーがスライム、鎧だけで中身が無い騎士がデュラハン、長毛の毛艶のいい猫っぽい獣人に、骨々ロックな巨人、一つ目から百目まで実にいろんな亜人の姿がそこにはありました。
 私が興奮してはしゃいでいると、スライムさんが離れた的に向かってシュパッと水の刃を放って、これを真っ二つにしました。断面がツルツル、凄い威力です。
 どうやら彼は見学者の私にサービスしてくれたみたいです。すると他の方々も我先にと得意技を披露してくれました。巨大な剣を自在に操るデュラハンの見事な剣舞、優雅な見た目に反して剛拳を振るう猫の獣人、体の骨を自在に組み合わせて状況に応じて様々な戦闘スタイルをとる骨の巨人、目から色んなモノを飛ばしては的を吹き飛ばしたり、爆砕したり、蒸発させたり、消滅させたりする目力が凄い亜人たち。
 どいつもこいつも凄まじい……、こんな人たちに喧嘩を売るだなんて、本当に人類側は何を考えているのでしょうか? 力の差は歴然です。たぶんここにおられる方だけでも、私がいた国ぐらい落とせますよ。
 あれれ、でもそれなら、どうして戦争なんてしているの?

「アルティナさん、ひとつお訊ねしたいのですが……」
「なんだい、花蓮」
「いえ、人類と魔族って長らく戦争をしていると聞きました」
「あー、一応はそういうことになっているね」
「?」
「いやー、ぶっちゃけ相手にならないんだわ。アイツら弱くて。だから戦争っていうか、新兵どもの訓練がてら、適当に相手をさせているだけなんだよ。これは内緒だからな、誰にも言うなよ。本当のこと知ったら、アイツらきっともう二度と仕掛けてこないだろうから」

 アルティナさんに教えて貰った驚愕の真実。戦争どころかサンドバック扱いとは。
 ぷぷぷぷぷっ、すみません。つい笑いが堪えきれませんでした。
 まさかの相手にならない宣言には参りました。

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~

女譜香あいす
ファンタジー
 数え切れない人々をその身に宿す奇跡の力で救ってきた少女、サヤ・パメラ・カグラバ。  聖女と称えられた彼女であったが陰謀の末に愛した者から婚約破棄を言い渡され、友人達からも裏切られ、最後には命を奪われてしまう。  だがそのとき感じた怒りと悲しみ、そして絶望によって彼女の心は黒く歪み、果てにサヤは悪霊として蘇った。  そして、そんな彼女と世を憎みながらもただ生きる事しかできていなかった一人の少女が巡り合う事で、世界に呪いが拡がり始める事となる。  これは誰よりも清らかだった乙女が、憎悪の化身となりすべての人間に復讐を果たす物語。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

処理中です...