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043 解呪

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 わたしの左手にあるのは、勇者のつるぎミヤビが変じた白銀のスコップ。
 その先端を呪槍が刺さっている根元付近にザックリ。
 差し込んだ瞬間、わたしの視界が一変する。

「えっ、何?」

 槍身から無数の黒い糸のようなものが、四方八方へとのびている。
 まるで地中に深く根をはる雑草のよう。
 フム。どうやらこの光景は、天剣(アマノツルギ)のチカラと、わたしに宿る土の才芽が合算して見せているようだ。

「やめろ! 無理に引き抜けばただではすまんぞ」

 背後から叫ぶフーグの声がどこか遠い。
 わたしは無視して目の前の槍に意識を集中する。
 たしか「よろずめの呪槍は赤い海のチカラを利用している」って言ってたよね。
 ということは、こうやって養分を吸い取って呪いに変えているということ。
 そしてこれを強引に抜いたら、周囲の赤い海が反応しちゃうってことか。
 熱々のドロドロが荒れ狂って、わたしたち全員があっという間に呑み込まれて消し炭になるばかりか、たぶん火の山自体もえらいことになる。
 クンロン山脈全体もどうなるかわからない。パオプ国も壊滅的な打撃を受けるだろう。
 その時、ドクンとわたしの右手の中にある存在が反応。
 魔王のつるぎアンが変じた折りたたみ式の漆黒の草刈り鎌。
 言葉を交わさずとも、手の平を通してアンの想いが伝わってくる。ミヤビもまたそれを後押ししているのを感じた。
 わたしはコクンとうなづいてから、おもむろに右手をふり下ろす。

 一度に複数の黒い糸がふつりと切れた。
 いや、切ったという表現が適切なのかと首をかしげるぐらいに、何ら抵抗を感じない。むしろ自ら切られたがっているかのように、アンの漆黒の刃が触れたはしから、呪槍からのびている黒い糸が断たれていく。
 糸が切れるたびに、さまざまな想いがわたしの中に流れ込んでくる。
 槍の犠牲となり、死してなお囚われ利用され続ける哀れな魂たち。
 大部分がよろこびだった。
 呪縛から解き放たれることへの。
 でもそんな中に混じって、嘆きや呪詛の想いもあった。
 妬み嫉み憎しみ、誰もが持つ負の感情が増幅されたものが叫んでいる。

「どうしてわたしが!」「なぜ自分たちがこんな目に!」「おまえもこっちにこい!」「許さない」「ゆるさない」「ユルサナイ」「みんなみんな滅んでしまえ!」

 あんまりにもツラい目にあいすぎて、あんまりにも悲しすぎて。
 むき出しとなったそれらが、わたしの胸を貫くたびに、泣き出しそうになるのを懸命にこらえる。
 安い同情なんて何の救いにもなりはしない。
 いまは自分にできることをやる。
 ただそれだけ。
 それぐらいしか、わたしにはしてあげられない。

  ◇

 黒い糸は切っても切ってもなくならない。
 消滅するものがある一方で、ふたたび根をはろうとのびるものがいる。
 でも、あいにくとわたしは由緒正しい農家の娘にて、雑草の扱いには長けている。
 農家と雑草。幾世代にも渡って死闘をくり広げてきたのは伊達じゃない。
 あと、このチヨコさまは忍耐と根気、粘り強さには定評があるのだ。

「きわきわの辺境の田舎育ち、舐めんなよ!」

 右手の漆黒の草刈り鎌にて上部にのびた黒い糸をスパスパ切りまくり、左手の白銀のスコップにて下部にのびた黒い糸をザクザク断ちまくる。
 怒涛の二刀流が炸裂!
 これを前にして、さしものよろずめの呪槍の抵抗も弱まってきた。

「好機到来、ここで決める! いくよ、ミヤビ、アン」

 剣の母の呼びかけに、勇者のつるぎと魔王のつるぎが応じる。

「了解ですわ」
「……がってん」

 第一と第二の天剣たちの猛攻を前にして、十万の女たちの魂を喰らって作られた槍が悲鳴をあげたような気がした。
 ピシリと音がして、槍身に亀裂が走る。
 槍から発せられていた圧力が減り、イヤな感じがぐっと薄まった。
 考えるよりも先にわたしのカラダが動いていた。
 一気に白銀のスコップを槍の根元に差し込み、勢いのままに深々と奥の奥まで堀り進む。
 左腕のつけ根近くまでいったところで、「うんとこどっこいしょーっ!」
 腰にチカラを入れて、気合もろともえぐる。
 周囲の地面ごとえぐられたよろずめの呪槍。
 持ちあげられてグラリと大きく傾ぐ。
 そこを横薙ぎにて草刈り鎌で一閃。
 狙ったのは、さっき異音がしていた箇所。

 抜けたのと同時に、よろずめの呪槍、半ばにて粉砕す。

「だっしゃーっ!」

 わたしは両の腕を天へと突きあげ、勝利の雄叫びをあげた。


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