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050 スリングショット
しおりを挟むダンジョンと化した弥栄ツインタワービル内部。
あっちこっちそっちと階段探して駆けずりまわり、幾多の罠を掻い潜り、千里たちはサウスビルの十四階までやってきた。
ノースビルへと通じる渡り廊下は次の階にある。
いまのところ攻略は順調、万丈がひとり残って敵チームを足止めしてくれたおかげだ。
だからこの勢いのまま、いっきに屋上まで向かおうとした矢先のこと――
不意に、足元がぐらり。
床がドンっと上下に跳ねたとおもったら、続く横揺れ。
天井からパラパラと塵が降ってくる。
ゆっくりと鍋のスープをかき混ぜるかのような動き、ふらつく、厭な揺れ方だ。
「えっ、地震?」
たまらず千里は片膝をついた。
宮内さんと一期は立ったままで、周囲を警戒する。
揺れは三十秒ほどで収まった。
一転して訪れた静寂……だというのに、ちっとも心臓のドキドキが止まらない。
いや、違う。そうではなかった。
静けさの裏に潜む何者かの気配、とてつもなく不穏なものを、千里は感じ取っていたのである。
それは宮内さん、一期らも同じであった。
気配がどんどんと膨らんでいく。
すぐ近くにまできている。
だというのに、それらしい姿はどこにも見当たらない。
「――っ! センリ」
いきなり駆け寄ってきた一期により、千里は抱きかかえられ、そのまま脇へと転がる。
直後のことであった。
さっきまで千里がいた辺りの床がごっそり陥没した。
「おや? はずしたか」
もうもうと粉塵が煙る奥、出現した大穴の底からそんな声が聞こえてくる。
穴を開けたのは婀津茅であった。
瓦礫の坂を婀津茅が悠然とのぼってくる。
だが、それはおかしな話であった。
この双子ビルは十五階の渡り廊下と屋上の空中庭園展望台で繋がっている。
行き来するにはそのどちらかを利用しなければならない。スタート地点の一階エントランスホールには黒子の涅子らがいたから、サウスビルに侵入して追うことはできない。
しかも、千里たち夕凪組チームはかなり先行していたはず。
よしんば暁闇組が迷宮をすみやかに攻略し、千里らを追い越したとて、襲ってくるのならば渡り廊下を抜けてからになる。
つまりあらわれるのならば『上』から。『下』からではありえないのだ。
なのに婀津茅は階下よりあらわれた。
いったいどうやって……
その疑問の答えは婀津茅が教えてくれた。
「なぁに、簡単な話さ。ちょいとズルをさせてもらったんだよ」
蜘蛛の糸を操る能力を持つ夾竹は、糸の性質をも自在に変化できる。
凄まじい切れ味を誇る鋼糸にもなれば、トリモチのように獲物を捕まえる柔らかい糸にもなる。
婀津茅の武器はなんといっても、その腕っぷしの強さ。
堅牢なトンネルをも崩落させる怪力は、他の追随を許さない。
そんな強力なふたりを有する暁闇組チーム。
とはいえ、万丈の幻術によりかなり出遅れた。
このままではさすがに追いつけそうにない。
そこで星華は「黒塚さん、すみませんが先に行ってもらえませんか。相手チームの足止めをお願いします」と言って、ある策を口にする。
策といっても簡単なものだ。
婀津茅が壁をぶち抜きぶち抜き、外壁にも風穴を開けたところで、夾竹が弾力性を持たせた糸で婀津茅を打ちあげ、ノースビルからサウスビルへと向かわせるというもの。
人間大砲ならぬ、鬼女スリングショット!
先ほどの揺れは、婀津茅がサウスビルへと乗り込んできた際の破壊音であったのだ。
無茶苦茶であった。
だが婀津茅のヤバさは、まだまだこんなものではなかった。
羽織っていたコートを脱ぎ、かぶっていた帽子を捨てるなり、双眸がギラリ。
とたんに肌に太い青筋が浮き、全身の筋肉が盛り上がり、額から二本の不揃いな角が生え始める。
右手を頭上へとかざすなり、何もない空間から取り出したのは、自分の身の丈ほどもある大きな斧だ。
初っ端から化生の本性をあらわし、得物を手にした婀津茅。
これまで対峙した暁闇組の連中とは段違いの強い妖気を前にして、「こんな場所で、正気か? いったい何を考えている」と宮内さん、スッと冷めた目つきになりネクタイを緩める。
一期と千里はうなづき合うと、互いの手を取った。
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