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125 烈女学園風雲録その一
しおりを挟む廃墟の様相を呈している建物内の長い廊下を颯爽と歩くのは、紫の髪をたなびかせる背の高い女。その右腕には青いスカーフが巻かれてある。
彼女こそが秘密の花園の三巨頭がうちの一角、バイオレット・ノヴァ。
青薔薇団を率いる女偉丈夫の背後には、同じ色のスカーフを身につけた一群が黙って付き従っている。
美貌と武力、天より二物を与えられたバイオレットは、それゆえに故国を追われ、はるか遠い地にあった聖クロア教会の総本山オスミウムへと送られることになる。
生まれながらのカリスマ、圧倒的存在感。
あまりにも強すぎる光に周囲は耐えられなかった。
父母弟、家族すらもが彼女に漠然とした恐れを抱く。ゆえに自然と家族とは距離をとることになるバイオレット。
王母はそんな彼女に目をつけて、孫の王子の後事を託すことにした。許婚としたのである。
そのことに当初は王族のみなも賛成していた。だがバイオレットと接触する機会が増えるほどに、彼女という人物を深く知るほどに、不安感に苛まれるようになる。
「もしもこの女が王妃になったら、間違いなく簒奪される」
いつしか不安は妄想となり、根拠のない恐れを産み出し、心を蝕んでいく。
それでも表面上は穏やかな時間が流れていった。
そんな偽りの平穏が崩壊しはじめたのは王母が亡くなった直後から。
バイオレットの唯一の理解者にして、守護者であった王母の存在が消えたとたんに、それまでずっとビクビク震えるだけであった小者たちが動きだす。
バイオレットは自分を取り巻く環境に暗雲が垂れ込めるのには気がついていたが、あえて何もしなかった。
なぜなら尊敬できる人物がいなくなった国に、特に未練はなかったから。
それでも自分から出て行かなかったのは、故人への義理のため。もしも王母の願い通りにことが進むのであれば、たとえ愚鈍な王子であろうとも妻として支え、国をおおいに盛り立てるつもりであった。
が、結末はあまりにもしようもないものであった。
学園の卒業式の後のパーティー会場の席にて、公衆の面前での突然の婚約破棄宣言。
どこぞの令嬢の腰を抱きながら、壇上よりこれを高らかに告げたときの王子の勝ち誇った顔。
優れ過ぎた許婚を持ったせいで、ずっと劣等感に苛まれ続けて、すっかり歪んでしまった青年は、自分の性根のダメさを棚に上げてすべての責任をバイオレットへと押し付けていた。
だからこれは彼にとっては復讐にて、おおいに溜飲を下げるための儀式となるはずだった。
けれども王子は、いや、このサル芝居に加担した王族や周囲の者たちは見誤っていた。
王母という存在を失って、解き放たれていたのは何も彼らだけではなかったということを。
バイオレットの拳が踊り、蹴りが舞う。
華やかな舞踏会が一転して凄惨な武闘会へと変わり、最後に舞台に立っていたのは全身を朱に染めたバイオレットただ一人。
血の惨劇を起こしたバイオレットは震える王よりオスミウムの修道院行きを命じられると、粛々とこれに従う。ただしたっぷりと持参金をせしめることは忘れなかった。
青薔薇団が廊下を進んでいると、向こう側から違う一団が姿を見せた。
先頭を歩くのは軽く波打つピンクの髪をふはふはさせている肉付きのよい体をした乙女。その右腕には白いスカーフが巻かれてある。
彼女こそが秘密の花園の三巨頭がうちの一角、リリー・ピースクラフト。
白薔薇団を率いるドレス姿の背後には、同じ色のスカーフを身につけた一群が黙って付き従っている。
見る者を魅了してやまない愛らしい赤子は、この世に産まれ落ちるなり、まず両親をはじめ周囲をあっという間に篭絡した。
ギフトとかスキルなどではなく天然由来の魔性を秘めた女の子、それがリリーであった。
自分自身のことを自覚してからは、その魔性によりいっそうの磨きをかける。
それもまた才能の一つとして、これを武器に世を渡るだけならば罪はなかった。
だが彼女の魔性はあまりにも強すぎた。肉体的な成長をも加わると、ただそこにいるだけで男どもを誑かし狂わすような存在になっていく。
せめて自分自身を律して自重し、立場をわきまえていればまだ救いがあったのだが、彼女はちがった。
それはもう盛大に自惚れ増長した。「世界中のいい男はすべて自分のモノ」「男たちの愛はすべて自分のモノ」「己の前に女はなく、己の後にも女はなし」と豪語してはばからない。
当然のごとく女たちは鼻白んだ。
だが同性の理解者なんぞ不用と切り捨てたリリーは、ある意味無敵だった。
とっかえひっかえ喰い散らかす。
花から花へ、ひらりひらりと気まぐれに渡る美しき魔蝶。
その裏で道を踏み外した男、泣いた女は数知れず。
そしてついには彼女を巡って戦争までもが勃発。数多の将兵がしょうもない理由にて儚く散っていった。
こうして文字通りの傾国の美姫となったリリー。
が、さすがにこのままですむわけもなく、ついに天罰が下る。
巷にあふれる怨嗟の声に後押しされる形にて、リリー・ピースクラフトのオスミウム行きが決定された。
本来であれば問答無用にて首を跳ねられてもおかしくない状況にあって、そうならなかったのは、司法側にも未練タラタラな彼女のシンパがいたからである。
おそるべきは魔蝶の羽がまき散らす鱗粉、その影響力であろう。
その才能は場所と対象がかわっても、存分に発揮されることとなる。
長い廊下にてバッタリ遭遇した青薔薇団と白薔薇団の両陣営。
「よう、白ブタの君。あいかわらずビッチビチしてるか」とバイオレット。
「あら、ごきげんよう。鍛錬バカさまもついに脳みそまで体同様に筋肉でゴリゴリになったみたいで、なによりですわ」とリリー。
二つの集団は秘密の花園を舞台にして、それはもう激しく対立している。
そして御覧の通り、両当主も激しく反目し合っている。
理由は「とにかく相手が気に入らない」という、その一点に尽きる。
ここは各国から選りすぐりの問題児たちが集積された場所。いろいろあってガマンや忍耐なんて言葉は、どこぞに捨ててきたような輩ばかり。
同病相憐れむとなればもっけのさいわいであった。
だが似て非なるは、やはり別物。
むしろなまじっか似ている点があるからこそ、生まれる憎悪もある。
その結実がこの対立であった。
そしてにらみ合う両陣営のところに、更なる存在が割って入ることで、混迷の度合いはいっそう深まることとなる。
「あなたたちは、またっ! どうして顔を合わせるなり、いっつもそうなるのよ」
一触即発の雰囲気の中で、とつぜんの金切り声。
それを発したのは右腕に赤いスカーフを巻いた赤薔薇団を率いる黒髪の女だった。
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