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134 補習授業

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 ここのところの不祥事続きにて、ルーシーから補習授業が課せられた。
 おもえばわたしはこれまでろくすっぽ鍛錬なんぞしてこなかった。
 そりゃあ、たまに射撃訓練っぽいことはルーシーとやっていたけれども、それとてもどちらかというとお遊戯に近い。
 サイボーグ乙女な高レベル生命体という立場に甘え、胡坐どころかごろりと寝転んで、寝る、食う、寝る、遊ぶ、喰う、寝る三昧の日々。
 健康スキルのおかげで太ることもないから、それはもう盛大にゴロゴロ。
 夏休みの子どもたちが「あんたすげぇ女だぜ」
 休日にて朝から晩までパジャマ姿のお父さんが「キミにはとてもかなわんよ」
 動物園のナマケモノすらもが「ぐうたら神、降臨!」
 などと称賛されちゃってもおかしくない。
 ちゃくちゃくと怠惰業界のスターへの階段をのぼっていく、わたしことアマノリンネ。
 そんなスター街道驀進中の生活にて、勝手にレベルだけがあがっていき、見た目はさっぱり変化ナシなのに、あちこちがグングンすくすく。
 おかげでたまにマジメにチカラをふるったら月を抉る始末。

「女神に聖騎士など、今後もめんどうごとが増えていくことでしょう。だからここいらで、いったん初心にかえりましょう」

 青い目をしたお人形さんは、しみじみと仰った。
 このままだと魔王どころか破壊神へ一直線とまで言われては、わたしに否はない。
 わたしの補習は富士丸の亜空間にて実施されることとなった。
 いろいろと秘密を抱えている身ゆえに、それはべつにかまわない、かまわないのだが……。

「なんだか、ギャラリー多くない?」

 いろんな計測器械を持ち込んでいる白衣姿のグランディア・ロードたち。
 オービタル・ロードたちは赤と黒の女王旗下が勢ぞろい。
 セレニティ・ロードたちは撮影機材を手にうろうろ。
 これに多数のルーシーの分体やら、富士丸にたまさぶろう。
 あとなぜだかバンブー・ロードの竹姫ちゃんの姿まである。
 バンブーの分身体は自分の竹林の中でしか動けないはずなのに。

「みんな、なんだかんだでリンネさまに興味津々なんですよ」許してあげて下さいとルーシー苦笑い。「なお竹姫に関しては竹林を一部こちらに移植したからです。飛び地を作って、わたしたちの亜空間を経由すれば、このとおりというわけです」

 せっかく仲間になったというのに彼女だけのけ者にて、ずっと竹林の中だとさみしかろうと考案されたというが、おそらくはそれだけが理由ではあるまい。
 なにせバンブー・ロードもまた超優良種。
 そんな有益な存在を竹林の奥で遊ばせておくなんてもったいない。
 とか、お人形さんはきっと考えているにちがいあるまい。
 でも、まぁ、いっか。竹姫ちゃんも心なしか楽しそうだし。
 他に気になることといえば、いつもの鬼メイド服ではなくて見慣れぬ甲冑姿のアルバ。
 白地に黒と赤のギザギザラインが入っており、両の手の甲と胸元、腰、両足の脛の外側に八角形の光のクリスタルのようなモノが埋め込まれてある。
 いい感じのトゲトゲ具合。なにやら変身ヒーローっぽくてカッコいい。
 わたしが「へー、ほー」と遠慮なくじろじろ舐め回すように眺めていたら、「ルーシー先輩たちが作ってくれたんですよ。羽のように軽いのに、ものすごく丈夫なんですって」とアルバがとってもうれしそう。
 どうやらLGブランドの装備らしい。
 で、どうして彼女がそんな勇ましいカッコウをしているのかというと、わたしの訓練に付き合ってくれるそうな。
 なにせリンネ組は変わり種揃い。
 青い目のビスクドール、サイズと中身がアンバランスにてちょっと。
 富士丸、デカくてすべてのアクションが過激すぎる。
 たまさぶろう、魚魚しており形態が……。
 グランディア、魔法がかなり特殊。
 オービタル、体術が超次元。
 セレニティ、空飛ぶクノイチ。
 バンブー、秘めた能力がいろいろあるっぽい。
 これらの面々と比べて、とりあえずまともな基礎訓練になりそうなのが、身長三メートルにも及ぶ魔族の鬼女だったという、なんともガッカリな消去法にて選ばれたアルバ。「光栄です。精一杯、務めさせていただきます」とはりきる彼女が不憫である。

 わたしに関しては射撃精度については問題なし。
 だからカラダの使い方および、体術について学ぶこととなる。
 ちょっとした足運びや重心移動、防御や攻撃のよけ方なんかをサクサク教わり、すぐに実践訓練へ移行。

「ちょっと早くない? モノには順序というものがあると思うの」
「習うより慣れろという言葉もあります。リンネさまはどこからどう見ても頭で考えるより体で調教した方が早いタイプですので」

 わたしの真っ当な抗議は、ルーシーの理不尽にて一蹴された。
 あと調教って言われた。青い目のお人形さんがヒドイ。
 そして何故だか光りだすアルバの体。
 鎧に仕込んであるクリスタルを中心にして、輝きを増していく。

「えーと、なにあれ?」わたしが当然の疑問を口にすると、お人形さんが「光の剣の研究成果です。理屈を話すと長くなるので、とりあえずかなり強くなります」とだけ言った。

 なんというザックリした説明。
 呆れるわたしに向かいアルバが「では行きますよー。ちゃんと教えたとおりにかわしてください」と突っ込んできたよ。光の速さでっ!
 かつてギャバナの勇者アキラが所有していた光の剣。
 高い殺傷力と機動力を持ち主に与える武器の形態をしたギフト。
 たしかに強力な武器ではあった。だが、いかな名刀とてそれを扱う者の腕次第。
 異世界渡りの勇者の付け焼刃的なんちゃら武芸では、とても十全とはいかない。
 だがかつて戦場の白雪とまで名を馳せた、生粋の武人たるアルバであればどうか?
 答えは十全どころの話ではなくなる。
 しかも光の剣を分解解析研究し尽くしたうえに開発された新装備は、本家をあっさり凌駕。使い手もまたみっちり鍛錬を重ねている。
 結果として突進からの右の拳をモロに喰らって、わたしはかなり遠くまで飛ばされた。
 ヒューンと飛んで、ずざざざざぁーと滑って、ゴロゴロと転がり、岩山にガツンと頭をぶつけてようやく止まる。
 しばらく大の字にて空を見上げる。富士丸の亜空間の空は一面が灰色で愛想がない。
 ムクリと立ち上がったわたしは黙って全身の砂を払う。
 あー、びっくりしたー。
 素手で飛竜やらドラゴンを殴り倒す鬼女が、白光の鎧という新装備を得てとんでもパワーアップしていやがる
 拳が来るのはばっちり見えていたんだけど、避けられなかった。
 反射的にカラダは避けようとしたんだけど、うまくいかなかった。タイミングとか間合いに意識や動作がまるでかみ合ってない。
 おそらく能力があって出来るのと、実際にやれるのとは別物ということなのだろう。
 ある競技の一流選手が他の競技でも一流になれるわけじゃない。
 カラダの使い方に熟知している者でもそれなのに、ましてや能力を持て余しているような素人の小娘では、この結果も当然か。

「これは……、いままで楽してきたツケだな」

 ふぅ、ヤレヤレだね。
 とりあえず当面の目標としては「キチンとかわして態勢を整える」かな。
 いくら健康スキルと高レベルによって攻撃を喰らってもへっちゃらとはいえ、いまのまま熟練した強者と戦うことになったら、ずぶずぶの泥試合を演じることになってしまう。
 殴られても殴られてもゾンビのごとく復活。ついに相手がへばってごめんなさいでビクトリーとか、そんな勝ち方、あんまりにもダサすぎるもの。

「しゃーない。いっちょう、やったるかー」

 珍しくやる気に満ち充ちたわたしは、みんなのところへと駆け出す。
 このあと、わたしは千と八回も亜空間のお空を飛ぶことになった。
 武の道は一日にしてならず。である。


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