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198 第四の眼
しおりを挟む西の鉱山地帯にある廃坑内へと連れ込まれたベルとノノアの母子。
途中「話がちがう!」とベルは何度も抗議したが、これにジョアンが応じることはなかった。
今回の一件について、ラドボルグから兄の名前を持ち出され、その名に誓って「悪いようにはしない」「穏便に済ませる」と聞かされ、ついこの言葉に耳を傾けた結果、むざむざと愛娘の未来を切り開くカギであったはずの女勇者らを死なせることになってしまった。
「なんという卑劣な! 兄上の名を騙るだなんて」
廃坑内の底にて対面するなり、瞼を閉じたままの巨漢の騎士に喰ってかかるベル。
だがラドボルグは眉ひとつ動かすことなく平然としたまま。
「すべては大儀のため。女神イースクロアのため。だがベル殿はひとつ思い違いをなさっている」
「思い違い?」
「貴殿の兄上、ゼニスさまこそが我ら聖騎士の盟主にして導き手。女神の神託を告げる御方なのだ」
「うそよ。そんな……」
すべての黒幕が自分の兄だと聞いてよろめくベル。腰にずっとしがみついている愛娘の温もりがなければ、きっと立っていられなかったことであろう。母としての矜持がかろうじて、彼女を踏みとどまらせる。
かつて星読みの一族始まって以来の天才と言われた男がいた。
それこそがベルの兄である、ゼニス・ルミエール。
人心卑しからず。才能に驕ることなく、努力を惜しまない。常に落ち着いており静かな水面のような佇まいの兄を、妹は大スキだった。心の底から尊敬し憧れていた。そんな兄に少しでも近づきたくって、己の修行にも一層精進するほど。周囲から「さすがはゼニスの妹」と褒められるのが、うれしく誇らしかった。
本来であればゼニスこそが一族の長となり、神殿の神官長となるはずであったのだ。
だがそんな彼が、ある日、忽然と故郷より姿を消す。
長いこと消息不明が続き、じきに風の便りにて兄がどうやら聖クロア教会の総本山オスミウムにいるらしいとの情報を得たのは、ベルが神官長へと就任した直後のことであった。
これに当時のベルは、困惑したのと同時に、激しい怒りを覚えたものである。
結局、兄は自分たち家族や一族その使命、すべてを捨てて、身勝手にも信仰に走ったのだ。愛憎は反転し、裏切られたとの想いばかりが募ることに。
そんな激情も、神官長としてそこそこ慌ただしく過ごし、やがて子を産み育てるうちに、自然と薄らいでゆき、気づいた時にはどうやっても捨てきれぬ親愛の情だけが残っていた。
己の至らなさを痛感するたびに、思い起こされるのは兄の面影。
「どうして兄は自分を捨てて出て行ってしまったのだろうか」
日々の営みの中で、ふと、なんら脈絡もなくわき上がるのはこの疑問。
まるで小さなトゲのように、消えることなくずっとベルの中に刺さり燻り続けていた。
「兄が、すべてを仕組んだと言うの?」
ベルがたずねる。その声は微かに震えてうわずっていた。
この問いにラドボルグは「そうだ」と短く答える。
「ノノアのことも?」
「ゼニスどのが神託を受けたからだ。我らの悲願を成就するためには、貴殿の娘の助力が必要だとな」
「それではずっと隠していた娘のチカラのことも?」
「承知している。もっとも女勇者を始末させたのは私の独断だがな。ゼニスさまはかまわず捨て置けとおっしゃられたが、リネンビのやつが妙に気にしておってな。私としても、これ以上周囲をちょろちょろされては目障りだったので、いい機会だから処分させてもらった」
このラドボルグの言葉が終わるのに前後して、ついにベルが崩れ落ちる。
またしても兄に裏切られたことに、ついに彼女の心が耐えかねたのである。「おかあさま」と母の身を案ずる娘の呼びかけにも、呆然自失にて応えられないベル。
そんな母子を連れてラドボルグたちが向かったのは、この廃坑の底にて安置されてある発掘された品の前。
見上げるほどの大きな青い石碑のようなモノ。
ただし表面には何も刻まれていない。ただ、のっぺりとしているだけ。半透明にて向こう側の景色が微かに透けて歪んでいる。
ラドボルグはこれを「青い心臓」と称した。
心にショックを受けすっかり気力を失い、目の焦点が定まらず、ふらふらとしているばかりの母を気遣う幼子に、ラドボルグは言った。
「こいつをよく見るのだ、ノノアよ。これと対をなす『赤い心臓』がノットガルドのどこかに眠っている。お前の仕事は星読みのチカラにて、その場所を特定すること。出来ぬとは言わさぬ。とっととやれ! さもなくば……」
ラドボルグが目で合図をおくると、ジョアンは母にすがりついている娘のえり首を掴んで、これを無造作に引きはがした。
部下の騎士の一人が腰の剣を鞘から静かに抜く。
無言のまま、ギラリと光る刃をうなだれているばかりのベルの首筋へと当てた。
その仕草が何を意味するのかをすぐに察して「イヤー、おかあさま、おかあさま」と泣きじゃくるノノア。
だがそんな幼子の涙ですらもラドボルグは意に介さず、無情にも「やれ」と命じる。
命じられるままに剣を振り上げた騎士。
その凶刃がベルの細首へと迫ろうとしたとき、ついにノノアの身に異変が生じた。
幼女の頭上に淡い光の球体が出現し、表面に瞳が浮き上がる。それこそが星読みのチカラにて第三の眼と呼ばれるモノ。これを通して彼らは未来を垣間見る。
ここまでは一族の者たちと同じ。
だがノノアの場合、更にもう一つの球体が同時に出現する。
第四の眼、それはかつて天才の名を欲しいままにしたゼニスですらも成し遂げられなかったチカラの発現であった。
ノノアの頭上に出現した二つの瞳。
まるで自ら意志を持つかのように、各々勝手に動きだし、ギョロギョロと周囲を興味深げに見つめている。
幼女は意識を失っているのか、目を閉じたまま夢遊病のようにゆらゆら立ち尽くすばかり。
眼の一つに正面から見据えられて、たじろいだのは剣を抜いていた騎士。まるで心の内までのぞきこまれるかのような視線に晒され「ひっ」と小さな悲鳴をあげる。ベルを放り出し、後ずさった。
同様の視線に晒されたジョアンは、ゴクリとノドを鳴らすも、ただ静かに数歩下がり、ノノアから距離をとる。
その姿に満足したのか、目元を細めた二つの眼。ふたたびギョロギョロ好き勝手に動き回るも、ついに揃ってある一点をじーっと見つめるようになる。
視線の先には「青い心臓」があった。
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