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210 挽歌
しおりを挟む宇宙戦艦「たまさぶろう」がゆるゆる向かう先は魔族領。
ほら、ダロブリンにて野盗どもに捕まっていたところを、保護した魔族の子がいたでしょう? いっしょに捕まっていた他の子たちを庇って、大怪我を負っていた子。足の骨が砕かれても、なおみんなを守っていた本物のチビッコ勇者。
名前をキリムくんといい、十二ある魔族の氏族のうち、第十氏族ランショウ出身。この氏族の特徴はカラダのあちこちに水晶体ようなモノが埋まってあること。これを増幅器として特殊な魔法が使えるらしいんだけど、キリムには使えない。彼の場合は出来ないわけじゃない。やり方を教わる前に故郷が奇禍に襲われたから。学ぶ機会を失ってしまったのである。
そんなキリムくんだが、すっかり元気になった。そして現在はアルバのお母さんで、リスターナの主都の警邏隊に所属しているエタンセルさんの下に身を寄せている。
キリムによれば戦乱に故郷が巻き込まれて、自分の身内は全員死んだという。
わたしが「帰りたいのなら、送るけど」とたずねるも、彼は「いいよ。どうせもう誰もいないから」と寂しそうに答えるのみ。
そんな彼をわざわざ引っ張り出しての遠出は、エタンセルさんにお願いされたから。
「このままリスターナに移住するにしろ、一度は故郷を見ておくべきだと思うのです。もしかしたら知り合いの生き残りがいるかもしれません。あるいはかつての暮らしの名残りがまだあるかもしれません。それらを目にすることはキリムにとっては、とても苦しいこと。きっと辛い出来事を思い出すことになるでしょう。ですが、ここでキチンとケジメをつけて、心に折り合いをつけておかないと、いずれもっと苦しむことになるでしょうから」
やさしく見守り甘やかすことも必要だけれども、ときには厳しく突き放すことも大切。
これは未来へとしっかり歩いて行くために、越えなければならない試練。
魔族の子育てはわりとスパルタらしい。
厳しくもやさしい母のご意見に、わたしはコクコクとうなづくことしかできなかった。
そこは草原だった。
腰ほどの背の柔らかい草が一面を覆いつくしており、風を受けて仲良くそよそよ揺れている。
四方の何処を向いても、同じような景色。
ずっと先にて大地の緑と空の青が繋がっている。まるで穏やかな緑の海の中にいるかのよう。
かつてここで悲劇があったとは、とても信じられないほどの、牧歌的な場所。
キリムくんは草原にて無言で立ち尽くしていた。
エタンセルさんは少し下がったところで、静かに彼のまだ幼い背中を見守っている。
おそらくキリムの胸の内には、いろんな想いが渦まいているのだろう。いいことも、イヤなこともたくさんたくさん。
しばらくそっとしておくことにして、わたしはルーシーと鬼メイドのアルバをともない、すこし周囲を散策してみることにした。
身長六十センチほどしかない青い目をしたお人形さんだと、草に埋もれてしまうので、わたしがひょいと胸に抱いて歩く。
「ここがキリムくんの育ったところか……。建物の残骸らしきものも見当たらないね」
「おそらくすべて朽ちて草の下なのでしょう」
わたしがつぶやくと腕の中のルーシーがそう言った。
「掘り返してみましょうか? もしかしたら何か出てくるかも」
アルバの言葉に、わたしは首を横にふる。
「ううん。やめておこう」
ここで部外者が勝手をするのは、キリムの故郷をふたたび荒らすようなもの。
この草原は彼の家族のお墓。せっかく静かに眠っているのを起こすのは、あまりにも無神経が過ぎる。
「でもどうしてキリムくんの家族は戦乱に巻き込まれたのかなぁ。ここって魔族領でもかなり内地の方だし、襲ったのが連合軍ってことはないよね」
わたしのこの疑問にはアルバが答えてくれた。
「ランショウたちは幻術が得意なのです。集団となって行われるソレは時に世界をも構築すると云われています。かつて一族が集い実施された大術では、三万もの軍勢を丸ごととり込み、これを壊滅させたこともあるとか。ですが元来、彼らはあまり争いを好まない一族なのです。だから聖魔戦線にも積極的に加担しようとはせずに、距離を置いていました。しかしその態度を、魔族に対する重大な裏切りだと考えている者もおりまして。おそらくはその煽りを受けたのかもしれません」
ただ静かに暮らしたい。
そんなささやかな望みすらもが許されない。
いや、許せない心理状態に追い込まれるのが、戦争という凶事。
聖魔戦線が長く続き、より苛烈さを増すほどに、憎しみだけが増幅されていく。
本来であれば武器を交える敵へと向かうはずの感情が、ときには歪んで味方であるはずの同胞へと向かう。
わたしがノットガルドに勇者として送られる際に、老神さまに言われたのは「魔王を倒し、聖魔戦線に勝利し、世界に平和を」みたいなこと。おそらくは他の勇者たちもみんな似たり寄ったりのはず。
でも魔王を倒しても、またすぐに次の魔王が立つ。
一時的に戦争は中断されるけれども、やっぱりまたじきに始まるのだろう。
どこまでも続く負の連鎖。
圧倒的なチカラですべてをねじ伏せれば、これを断ち切れるのだろうか?
ドス黒い何かが、ふいにじわりと胸の奥に湧いた。
そいつが「おまえならば簡単にできるじゃないか。邪魔なモノはすべて破壊してしまえ」と囁く。その声はとても甘美にて、やたらと耳に心地よい。
だけれども、ほんの一瞬にてそいつは霧散した。
くだらない幻想だ。わたしにはとてもそうは思えない。
きっとちがう形となって、負の連鎖は紡がれてゆく。単純なチカラでどうこう出来るものならば、とっくに解決しているはずだもの。
女神が成せなかった。勇者もダメだった。信仰だけじゃあ足りない。いろんな連中が各々の立場でどうにかしようとがんばっている、踏ん張っている。
でも、いまはこれが精一杯。
きっと何かが足りないんだ。ノットガルドに生きとし生けるみんながみんな、そいつを見つけなくちゃいけない。わたしはそんな気がしてしようがない。
「どうしてみんな平和に仲良く出来ないのかねえ。のんびりダラダラ過ごすのが一番なのに」
空を見上げてわたしはぽつり。
するとルーシーも同じ空を見上げながら言った。
「その答えは二つの世界のアカシックレコードにもありません。いつの日にか情報が記載されることを願うばかりです」
考え事をしながらブラついていたら、いつの間にか、ずいぶんとエタンセルさんたちから離れたところにまで来ていた。
そろそろ引き返そうかとふり返ると、草原にやや強めの風が吹く。
風にのって、かすかに聞こえてきたのはキリムの雄叫び。
それは家族と故郷に別れを告げる、悲しくも切ない挽歌だった。
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