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246 バザー
しおりを挟む教会の敷地内にてブルーシートが広げられ、ところ狭しと並べられた品々。
それを目当てに集まった客たち。
バザー会場はオープンと同時に大盛況の満員御礼。がやがやと賑やか。
そんな中にあって、わたしは店番をしていた。
マンションの自治会で参加することになったのだけれども、いかに週末とはいえ大人たちはいろいろとやることがある。そこで暇なわたしが助っ人として駆り出されたわけ。
そしてとっても忙しい。
善意のバザーだというのに、集う連中は鵜の目鷹の目にて物欲丸出し。お宝探しに勤しんでいる。妹は「助け合いの精神だよ。お姉ちゃん」とか言っていたが、これを見る限りでは新たな争いの火種をバラ撒いているようにしか、わたしには見えない。
主催者側のおおらかさ、志の高さとは裏腹に、現場にはほんのり殺伐とした雰囲気が漂っているほど。まるでお正月のバーゲンセール一歩手前といったところにて、ちょっと怖い。
釣り銭を渡すのに少しモタモタとしただけで、客にギロリと睨まれちゃう。
おかげで慣れない接客に追われる売り子はたいへん。これで日当五百円とか、お母さんのケチンボっ!
二時間ばかりも過ぎただろうか。
ようやく仕事にもこなれて、客足の流れもひと段落ついた頃。
「あっ! この青い目をしたお人形さんかわいいー。ねえ、お母さん。あたしこれが欲しい」
「もう、しょうがないわねえ。お姉さん、こちらはいくらかしら」
わたしが出品したビスクドールを手にしたのは小さな女の子。
母親から値段をたずねられた時、なぜだか急にノドがつまって、とっさに金額が出てこなかった。
「ねえ、おいくらなの? 早くしてくださらない。このあとこの子をピアノのお稽古に連れて行かなくっちゃならないの」
再度、母親より声をかけられるも、わたしの口から出たのは「ゴメンなさいっ! それは売り物じゃないの。うっかり間違えて持ってきちゃったみたいで」という言葉であった。
女の子の手から、青い目をしたお人形を引ったくるようにして返してもらう。
自分でもどうしてそんな行動をとったのかは、よくわからない。
ただ、どうしてもイヤだったのだ。
これを誰かに持って行かれるのが、手放すのが、失われるのが、どうしてもイヤであったのだ。
思いがけず乱暴なマネをしてしまったので、すぐに女の子に謝ろうとするも、その時になってわたしは周囲の異変に気がつく。
ついさきほどまで、あれほどお祭りのように賑やかであった会場内が、シーンと静まりかえっていた。
全員がこちらに顔を向けており、じっとわたしの方を無言で見つめている。
目の前の女の子も、その母親も、同じようにこちらを黙って見つめているばかり。
いつしか世界から音が消えていた。
教会の敷地外の道路を走っているはずの車のエンジン音も、木の枝にとまって歌っていた小鳥の声も、はるか上空を飛ぶ飛行機の音も聞えない。
一切の音が途絶し、無数の瞳だけがわたしの視界を埋め尽くす。
誰も何も言わない。ただ光沢のあるガラス玉のような瞳で静かに見つめてくるだけ。
何がなにやらわからない。わたしは突然のことに混乱し頭がうまく働かない。
人混みの中にクラスメイトの知った顔を見つけたときには、ちょっとだけホッとした。
そんな彼女がポツリと言った。
「悪い子だ」
その声は池に放り込まれた小石。
水面をゆらし、波紋となって広がっていく。
「悪い子だ」「悪い子だ」「悪い子だ」
「悪い子だ」「悪い子だ」「悪い子だ」
「悪い子だ」「悪い子だ」「悪い子だ」
どこかで金切り声が聞こえたような気がした。
それが自分のあげている悲鳴だとわかったときには、すでにカラダは聖クロア教会の敷地内より逃げ出していた。
我に返ったとき。
全身汗だくにて、わたしは自宅のあるマンションのエントランスに立っていた。
ただただ必死にて、どこをどう走ってここまできたのかは、まるで覚えちゃいない。
でも、自分の大切なダンボールだけはしっかりと抱きかかえていた。
あわてて箱を開ける。
「よかった。ルーシーもたまさぶろうも富士丸も、グランディアもオービタルもセレニティもリリアちゃんもマロンちゃんも、他のみんなも無事だ」
つぶやいたとたんに頭の中でパチンと何かがはじけた。
次々と記憶が鮮明に蘇り、濁流となって脳内を駆け巡る。
自分のこと、かけがえのない仲間のこと、友だちのこと、ノットガルドで経験した良いことも、悪いことも、楽しいことも、そうでないことも、何もかも……。
すべてを思い出したわたしは、エレベーターに乗り込むと自宅へと向かう。
不用心にも自宅のドアに鍵はかかっておらず、チェーンロックもかけられてはいない。
一歩足を踏み入れたら、懐かしいニオイに包まれる。
ネコの額ほどの狭い玄関。廊下を奥へと真っ直ぐ進めば、突き当りがリビングと台所。
玄関を正面に廊下の左側にトイレ、その隣にお風呂場と洗面所。右側には二部屋あって洋室と和室。手前の洋室がわたしの部屋で奥の和室がお母さんとお父さんの寝室。
あとはちょっとした納戸にパンパンな押し入れ。失敗続きで放置されたプランターが隅っこに転がるベランダ。
これが我が家の間取りのすべて。
だからわたしは「おかえり、リンネお姉ちゃん」と出迎えてくれたオカッパ頭の女の子に向かって、「ただいま。ところで、あんた誰?」とたずねた。
なにせ、我が家は三人家族。
わたしには妹なんていなかったんだから。
もしもお父さんが外に愛人をこさえて、隠し子をもうけていたというのならばともかく、大人の映像資料一つすらもロクに隠し通せない父に、お母さんやわたしの目を欺いて外で悪さをする甲斐性があるとは、とても思えない。
というか、財布のヒモをがっちり母に握られている父には、経済的にも不可能。
そしていないはずの子がウチにいる。
それすなわち、この不可解な現状をもたらしている犯人なり!
わたしがビシッと指摘すると、自称・妹は「やれやれ」と首をふった。
「その箱……。結局、オモチャは手放さなかったようですね。こちらの想定していたよりも、結びつきがずっと強かったか。たんなる使役する者とされる者だと考えていたのですが、なかなかどうしてしぶとい」
口調ががらりと変わった。これまでの無邪気さはどこぞに失せてしまい、隙の無い目つきとなり、老獪な表情を見せるオカッパ頭の少女。
「あなたはいったい何者なの?」
わたしが問うと、彼女は「第四の聖騎士リネンビ」と名乗った。
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