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247 四番目と最凶
しおりを挟む聖騎士と名乗ったものの、特に仕掛けてくるでもないリネンビ。
こちらに背を向けて、リビングに行くと、そのまま「よっこらせ」とソファーに腰を下ろしてしまう。
何か企みでもあるのかと警戒していたら、彼女がちょいちょいと手招き。
「まぁ、お座りなさい。貴女もいろいろと聞きたいことがあるのでしょう? こちらにも少し話したいことがありますから」
促されるままに向かい側にわたしは座る。
窓から差し込む夕陽が逆行となって、リネンビの姿が黒塗りとなる。
少女の形をした黒い陰影の口元が動きだす。
「まずは、ここのことについて説明しておきましょうか」
ここはわたしことアマノリンネが見ている夢の中。
夢の世界を渡り、夢を操ることができる「夢魔」
対象を心地よい眠りへと誘い、捕え続ける「睡魔」
第四の聖騎士リネンビの二つの異能によって造り出された場所。
「そして、ここがどうしてあなたの元いた世界に準拠していて、やたらと居心地がいいのかというと、タネ明かしはこれよ」
リネンビが取り出したのは一本の細長い棒。
それは釣り竿だった。
先っぽがふよふよやらわかくしなっているソレは、木の枝を削って細くしたモノに糸と針をつけただけにて、リールなんかはナシのシンプルな造り。
「この竿は私の三つ目の能力『つり』を具現化したモノ。あくまで夢の中限定のチカラなんだけど、この竿を使うと、相手の深層心理の海から一本釣りにて、心の奥底に潜む強い劣等感や渇望を釣りあげることができるの」
この話を聞いて、わたしの顔はみるみる赤くなっていく。
だってリネンビの話が本当だとしたら、近々に起こったアレやコレ、その他モロモロすべてが自分の妄想の産物だということになるから。こいつはとんでもなく恥ずかしい。
恥ずかしさのあまり、おもわず両手で顔を隠さずにはいられない。
そんなこちらの様子に、くすりと笑みを浮かべるリネンビ。
「べつに気にすることはないわ。そもそも夢なんてそんなモノ。それに貴女の望みなんて乙女ちっくでかわいらしいものよ。他のみんななんてもっとドロドロで凄惨で不潔で、たいていは腐りきった汚らわしいものなのだから。どいつもこいつもロクなもんじゃない。心の内にとんでもないバケモノを飼っている。そいつらに比べたら、貴女は充分に上等な部類よね」
辱められたと思えば、一転して褒められる。
リネンビの言葉に翻弄されるばかりのわたしに、彼女はある提案を申し出た。
「で、ものは相談なんだけど……。貴女、このままこっちで暮らしなさい」
数多の夢を渡り歩き、いろんな世界を垣間見てきたリネンビ。彼女によれば、夢を見ればその主の魂の不浄具合が一目瞭然らしい。
はじめは単なる敵として、夢の世界に溺れさせて葬ろうと考えていたが、側で眺めているうちに気がかわった。「その魂の『健全さ』に免じて、許してあげる」と彼女は言う。
ここで暮らすのならば、モテモテで、勉強も運動もデキて、友達いっぱいの人気者で、誰からも尊敬され愛され、オマケにご希望ならばかわいい妹も付いてくる。
進学して、就職して、結婚して、子や孫に囲まれて……などという、ありふれた人生ももちろん送れる。女スパイになって世界中を飛び回ることも、ヒーローになって悪と戦うことも、何でも望み通りにてやりたい放題。
苦労することも、イヤな想いをすることも、つらい目に合うこともなく、心穏やかに過ごせて、とっても幸せ。
「ときおり『しょせん夢は夢でしかない。それは幻だ』なんて、ワケ知り顔で言うヤツもいるけれども、はたしてそうかしら? 夢と現実、そのどちらが正しくてどちらが間違っているかなんて、どうして言い切れるの? 夢を見ることは、精神世界と物質世界を行き来していること。誰だって夢を見る。それこそケモノやモンスターたちでさえも。みんながみんな毎晩のように足を運んでいる。どちらも確かに存在しているというのに、どうして夢だけがニセモノ扱いされなくちゃいけないの? 貴女も実際に見て、この世界に触れて、多くを感じたでしょう? ここには貴女が望むすべてが揃っている。ノットガルドに渡る際に失くしてしまったモノもとり戻せる。ここでならば、もう、何も諦める必要はないのよ」
リネンビの話に耳を傾けているとグググと心が吸い寄せら、その気になってくる。
でも、ならばどうして彼女はわたしの大切にしているモノを、執拗に自分で捨てさせるように仕向けたのか?
疑問をぶつけるとリネンビはこう答えた。
「それは……私たちにとって、貴女の周囲の存在や使役している連中が目障りだからよ。貴女が機嫌よく眠り続けていても、あの連中にウロチョロされたら意味がないもの。だから召喚をといて欲しかったの。それだけで貴女はすべてを手に入れられる。どう、そう悪い話じゃないでしょう?」
それはとっても甘美な誘惑にて、おもわずフラフラと引きつけられそう。
だが彼女は、リネンビは勘違いをしている。
確かにここには欲しいモノが溢れており、理想の自分でいられる。けれども現実の方にもかけがえのないモノがたくさんあるのだ。
もし召喚を解いて、新たにこちらにルーシーたちを呼んだとしても、それはわたしが良く知るあの子じゃない。リネンビの「夢魔」のチカラで作られた別物。そんなのルーシーじゃない。
だからわたしは戻らなくちゃならない。
しかしここはリネンビの領域。主導権は完全に握られている。戦う術を持たない今のわたしは、ただの非力な女子高生に過ぎない。
いったいどうしたら……。
お願い! わたしの灰色の脳細胞。目覚めのときはいまっ! ここで働かずしていつ働くというのか! 常日頃からたらふく糖分を摂取しているからエネルギーは充分。やればデキる子だと信じてるよ。
というか、ここではわたしは勉強も運動もデキるモテモテ女という設定だったよね?
そのことに考えが至ったとたんに、グッドアイデアをピコンと閃く。
浮かんだアイデアを実行に移すために、わたしはなるべく自然体を装いリネンビに話しかけた。
「わかった。その申し出を受け入れるよ。でも最後に一度だけ、あなたのチカラを見せて証明をして欲しい」
「証明?」
「その釣り竿で、わたしの『心からの願い』を釣りあげられるんだよね」
「ええ、そうよ」
「だったら、ソレを実際に見せてちょうだい。だって話だけを鵜呑みにして信じて、ダマされるのなんてイヤだもの」
「……随分と疑り深いこと。でも、まぁ、いいでしょう」
竿を手にしたリネンビが立ち上がる。
ひゅんひゅん音を鳴らし、竿の先端が宙に八の字を描くようにして振るわれる。
結びつけられた糸と針がその動きに追随し、優雅に泳いでから、コレが放たられる。
狙い過たず釣り針はわたしの胸の中へと吸い込まれていった。
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