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270 女神の威光と健康

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 ゼニスを中心にして半円を描くように駆ける。
 途中で足に一層のチカラを込め、大地を踏み込み跳ねた。
 地を這うように横っ飛び。
 右手を左手首に添えてしっかり固定。そこから左人差し指式マグナムを二連射。狙うのはゼニスの側頭部と光翼の一枚。
 どちらも着弾、だがわたしは動きを止めることなく、もう一度、タンっと跳ねた。
 完全にゼニスの背後をとる。左右の中指を立ててのダブル・ファック・ユーからのマシンガン乱射。
 これまたほとんど命中。
 ゼニスの頭部は割れたスイカのようにぐちゃぐちゃ。光翼も千切れ、カラダも穴だらけ。
 なのにゆっくりとこちらをふりかえった。その動きに合わせて翼の一枚が帯のように長くのびて、無造作に振り下ろされる。
 音がまるでせず、風も起きない。
 いや、しないのではない。発生したモロモロを消滅させながら突き進んでいるのだ。
 見えているのに音が消えただけで、どこか現実味が乏しい光景。気配が極端に薄まっている。
 わたしが迫りくるソレをかろうじて察知できたのは、ある程度、むこうとの距離が離れていたから。
 もしも間近でやられていたら、視認するよりも先にきっと攻撃を喰らっていた。
 先ほどまでのやりとりの余波で宙を舞っていたガラスの粉塵。それらを次々と消しながらこちらへと迫る光の翼。

 避けるか、防ぐか。

 とっさにわたしが選んだのは防御。
 自分の健康スキルとヤツのチカラ。どう作用するかで戦い方を大幅に変える必要がある。
 右前腕式警棒を構えて対処。光る刃の横っ面をぶん殴る。
 異様な感触。勢いに負けてわたしのカラダが後方へと吹き飛ぶ。
 ゴムタイヤを殴ったかのような、固さと柔らかさが混じった弾力と重量感が伝わるとともに、鈍い痛みを感じた。「えっ! 痛み?」
 健康スキルのおかげで久しく忘れていた感覚。見れば服の袖が破れて剥きだしとなった右腕が赤く腫れている。
 痛み自体はすぐに治まり、腫れも引いた。
 若干のしびれは残るものの、それもじきに消えるだろう。
 ノットガルドにやってきてから、はじめてダメージらしいダメージをもらった。
 幸いなことにヤツの光翼に触れても消滅はしない。こちらの攻撃が通じ、対処も可能であることが判明。
 とはいえ、このカラダにダメージを与えられたことに、わたしは少なからず動揺。
 でもそれはゼニスもまた同じであったらしい。
 千切れて、穴あきになっていた光の翼たち。その傷が埋まるようにしてすぐに消える。
 六枚の翼がゼニスのズタボロのカラダを包み込み、それが解かれたら、こちらも元通り。
 ゼニスの顔からは笑みが消え、こちらを凝視しながら「女神イースクロアのご威光に触れても消えないとは……、信じられません。あなたは本当に異世界渡りの勇者なのですか?」

 問われたわたしは「いちおう」と首をかしげる。まぁ、ウソではない。ただし、転移の際にちょっとしたアクシデントにて、カラダをいじくられて武器を仕込まれたけれども。
 今更だけど、そういった意味ではわたしもトリプルチート持ちになるのかな。

「っていうか、こっちの方が驚きだよ。なんだよその羽、そのカラダ、インチキにもほどがある。不死身とかずっこいぞ!」

 わたしは自分のことを棚に上げてブーブーと抗議。
 するとゼニスは自身の翼を撫でながら恍惚とした表情を浮かべ、「いいでしょう? コレは女神さまから頂いた『光翼』でして、能力は御覧の通り。さぁ、もっと撃って来なさい。そして己が非力と無知を思い知り、絶望の果てに女神の前に頭を垂れるのです」

 六枚の翼がバッっと広がり倍以上も大きくなった。
 各々が意志を持つかのように自在に動き、鞭のようにしなり、刃のように鋭く襲いかかってくる。
 触れた端から地面が抉れた。そればかりか宙を切れば宙までもがスパッと切れた。どうやら空間そのものを抉っているみたい。
 ゼニスを中心にして周囲を光が乱舞。
 光が通りすぎたあと、いたるところに黒い溝が発生。断裂された空間はじきに自然と閉じるものの、その前にうっかり触れたら収縮に巻き込まれて、こちらがバッサリやられちゃう!
 おかげでわたしの服装がけっこうビリビリ破廉恥状態。
 こちらも負けじと、武器類を続々投入。
 左人差し指式マグナムに始まり、中指式マシンガン、右薬指式ライフル、右人差し指式火炎放射器を立て続けに放つ。
 けれども左手首より発射されたロケットランチャーの直撃を喰らってさえ、羽がひらりと撫でたら「ははは」と愉快そうに笑いながら即復活するゼニス。けっこうグチャグチャになってもそんな調子にて、まるで性質の悪い手品を見せられているかのよう。

 互いに攻め手を欠き、戦況がやや硬直状態へと陥る。
 持久戦に持ち込めばこちらが有利かとも考えたが、わたしよりもはるかにダメージを負っているはずのゼニスはピンピンとしており、まったく疲弊している様子がない。
 上空に控えている宇宙戦艦「たまさぶろう」にて、こちらを観察しているはずのルーシーからの連絡はまだこない。それだけ解析に手間取っているということ。
 こちらの焦りを知ってか知らずかゼニスが「まだまだ、あなたのチカラはこんなものではないはずですよ」と言い、六枚の光翼の動きが一気に加速。視界より消えた。
 これまでの動きになまじ目が慣れかけていたわたしは、この緩急に追いつけない。反応が一瞬遅れる。
 両手両足、首に胴、ほぼ同時に光翼が食い込み、全身に痛みが走った。意識を失うほどではないけれども、ダメージにて明滅する視界。カラダの中の回線が切れたかのように、身体の自由も途絶。
 その時間、ほんの一秒にも満たない。
 が、全機能が復帰したときには、顔前にて六枚の翼がらせん状に絡み合った、光のドリルの尖端部分がうなりをあげていた。


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