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282 リスターナの戦い
しおりを挟む巨体がうねるたびに、「しゃらん」と澄んだ音色が夜に響く。
黒銀の龍の身を覆うウロコ同士がこすれているのだ。
見た目や漂う気配の邪悪さとは、あまりにも不釣り合いな音。
のそりとかま首をもたげ、黒銀の龍のギョロ目が見つめたのは、遠くに見える都の灯り。
急激に高まる魔力。大きな口を開けるなり、ノドの奥にて集積されたチカラが解き放たれる。
あまりの閃光にて闇が払われ、その時、世界は白夜となった。
たったの一撃にて都を壊滅させるほどの威力を秘めた攻撃。
しかしそれは届かない。
青白い半透明な壁が立ちふさがったから。
都を中心にして瞬時に展開された五重の防御結界。うち三枚を犠牲にして防ぐ。
これを成したのは、主都近郊に埋め込まれた防御装置を操るグランディア・ロードたち。
ルーシータウン研究所主導、ノットガルドの魔導技術とパームレストたちから提供されたバリアの技術にて新開発されたモノ。
すぐさま破られた分を繕うべくグランディアたちが動く。
それより先にもう一撃を放ち、結界を喰い破ろうと黒銀の龍も動き出す。
させじと黒銀の龍に殺到したのはオービタルとセレニティたち。
わらわらと群がる連中に黒銀の龍が身をよじり、尻尾にて薙ぎ払い、打ち倒す。
そのたびにセレニティたちはひらりとかわし宙を舞うも、オービタルたちはわりと直撃を受けては派手に吹き飛ばされる。だがすぐさま起き上がって雄叫びをあげながら再突撃。
強大な個と数の暴力の戦い。
勢いはハイボ・ロードたちにあった。
戦いの最中にふいに黒銀の龍の全身のウロコが逆立つ。ギラリと妖しいきらめき。
イヤな気配を感じたオービタルやセレニティたちは、一斉に離脱。
直後に放たれた数百数千にも及ぶ黒銀のウロコ。
暗闇の中に飛び散り散布されたウロコたち。
地面に刺さった一枚が、ぐにゃりと歪み、その身を異形へと変える。
ケモノでありケモノではない。モンスターでもありモンスターではない。部分的にはヒトと呼べなくもないが、やはりそれともちがう。いろんな生物のカラダの一部を切り取って寄せ集めたかのようなモノもいれば、一部が巨大化したり、奇形化したモノもいる。
蠢く数多の中には、ただの一つとして同じ形状の個体はなく、さりとてこれらは同じ種類の存在だということだけは、ひと目で分かる。
およそ利に適っておらず、あまりの不条理にて、見るものにとてつもない嫌悪感を抱かせる。
その姿は生きとし生ける者たち、そのすべてを愚弄するかのごとき異形であった。
狂神ラーダクロアの分身である黒銀の龍は知っていた。
何かを守ろうとするとき、ココロとカラダが奮い立つということを。とてつもないチカラを発揮するということを。
だがその逆もまたしかり。
だから大切なモノを先に叩き潰してしまえばいい。
狡猾な龍が「カカカ」と牙を打ち鳴らして笑う。細長く赤い舌がチロリとゆれた。
それを合図にして、異形の群れが進軍を開始する。
大小さまざまなそれらが群れとなり向かうのは、主都の防衛の要である結界装置が設置されてある場所であった。
防御結界を発生させている装置。
その拠点を防衛していたのは、ゴードン将軍率いるリスターナ軍。
「ここを死地と心得よ! たとえ四肢が千切れ無残な屍となろうとも、不屈の魂にて立ち上がり敵のノド笛に喰らいつけ! 決して引くな! 無心となりてただひたすらに目の前の敵を屠れ!」
ゴードン将軍の檄が飛び、「おう」と応える兵らの熱気で戦いの機運が高まっていく。
そんな中に鬼メイドのアルバ、神殺しの剣テュルファングを手にした魔導書の多脚砲台らの姿も混じっていた。
女王オハギ率いるパームレストが誇る機動ミタラシ兵らは、主都の外壁沿いにてズラリと並び、最終防衛ラインとして布陣。
シルト王やリリア姫らは、マロンや側近らに手伝ってもらい、都内にての住人らの避難誘導に当たっている。
「ハァー。結局、こうなってしまうのね」
迫る敵の気配をひしひしと肌で感じながら、そうボヤいたのはエタンセル。「氷牙」の異名を持つ双剣の達人にて魔族の女戦士。
エタンセルがタメ息をついたのは、娘アルバのことについて。
今は亡き武芸バカの夫の影響をモロに受けて育った愛娘。本当ならば母娘できゃっきゃと過ごしたかったのに、気づいたときには娘も立派に武一辺倒となっていた。
それがいろいろあってリンネに仕えるメイドになった。これまで裾の長い服なんぞには見向きもしなかった娘が、メイド服に身を包み、行儀作法や料理、日常の細々としたことを熱心に学ぶようになる。
おかげで表面上はすっかりおしとやかになったので、母としてはたいへんよろこばしい。
が、その裏では着々と最強メイド育成計画が進行していたのである。
まぁ、戦いに関しては不可抗力な面も多々あり、避けようがないとしても、母としては娘と肩を並べて戦場に立つという現状が、いささか承服しかねている。
「これじゃあ、あの人の思うつぼじゃない」
つい口から零れるのは、草場の陰にてほくそ笑んでいるであろう、今は亡き夫への愚痴。
そんな母に「なんだか申し分けありません」と愛用の片鎌槍を持ち、白光の鎧を着こんだアルバが頭を下げた。
母娘のやりとりを眺めながら神殺しの剣テュルファングがぼそり。
「なんだかんだで似た者親子だと思うのだがなぁ」
「したりしたり。アレは御堂の血が濃いゆえであろう。そっくりじゃ」と魔導書が相槌を打つ。
と、和やかだった雰囲気もここまで。
地響きを立て、奇声を発しながら迫ってきた異形の群れとの交戦が始まる。
秩序も何もない異形の群れが、さながら暴徒のごとく破壊衝動の赴くままに乱雑に襲いかかってくる。
これらを正面から受け止める形となったリスターナ軍。
戦線は乱れに乱れて、混戦へと突入していく。
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