わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝

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289 転がらない坂

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 目を覚ましたら見慣れた天井だった。リスターナ城内の自室。
 しばらくぼんやりとしてから、むくりと起きる。
 起きて最初にわたしが確認したのは都の状況……ではなく、自身の胸。
 ペタペタと触れてみるも、そこにあったのは平原と見まがう、なだらかな丘陵地帯。足腰の弱ったお年寄りでも楽ちんの傾斜にて、たぶんおむすびもコロリンしない。
 ベッドから抜け出し部屋の壁にかかる姿見の前に立つ。
 中に映るのは見慣れた小娘一匹。

「おかしい……、なぜだ? わたしは狂神ラーダクロアを倒してガンガンレベルアップ。それにより大幅パワーアップにて、全身成長痛に襲われたはず。これにより女人力がぐんぐんうなぎ上り。目覚めたらボン・キュッ・ボンとグレートでうっふんな大人の女性に生まれ変わっているはずなのに」

 寝ぐせ頭をぷらぷらさせながら鏡に向かって疑問をぶつけていたら、いつの間にやら背後にルーシーが立っていた。
 青い目をしたお人形さんがジト目にて鏡越しに言った。

「おはようございます、リンネさま。ちなみにパワーアップまでは正しい認識ですけれども、女人力うんぬん以下は完全に妄想です。いつまでも寝ぼけてないで、とっとと顔を洗って着替えてください」

 なん……だと? そんなバカな話があるものか!
 ではあの激烈な痛みはいったい何だったというのか?
 グーンと身長がのびて、ババーンと胸や尻がせり出すのでなかったのならば、アレにどのような意味があったというのか?

「いえ、リンネさまはちゃんと成長していますよ。寝ている間にグランディアたちと調べたところでは、肉体強度と骨密度がすごいことになっています。もうカッチカチです。どうやらすべての成長が内向きに働いたようですね。なお見た目は毛筋ほども変わっておりません。安定不変の地味具合にて、これもまた健康スキルの呪い……じゃなかった、賜物なのでしょう」

 健康スキルは宿主の健康が第一。
 スキル的に外見の状態変化は悪という認識らしい。
 おのれ、服装の乱れは心の乱れとでも言うのか。なんてこったい! 
 あんまりな仕打ちとルーシーの言葉にショックを受けたわたしは、よろよろと窓辺に向かい、シャーッとカーテンを開ける。
 すると目に飛び込んできたのは、すっかり緑化している都の風景。
 そこかしこにて、めったやたらに生えている青竹。風で枝葉がサラサラゆれているよ。
 あれ? 主都ではリスターナ城内の庭園にしか生えていなかったはずなのに、何故だか外壁周りやら、都中にワサワサ。

「その辺の事情も、朝食の席で説明しますので。ではアルバ、あとはお願いします」

 ルーシーと入れ違いに姿をあらわしたのは鬼メイド。
 彼女の手によりひょいと担がれたわたしは、鏡台に座らされ、身だしなみを整えられた。
 食堂に向かうと、案内されるままに席につく。
 中途半端な時間帯にて、テーブルについているのはわたしだけ。シルト王やリリアちゃんたちは、とっくに復興作業に向かったとのこと。
 アルバが用意してくれた朝食をつつきながら、わたしが寝ていた三日間のことについて、ルーシーがいろいろと教えてくれる。

 わたしたちが第四の亜空間で狂神ラーダクロアと闘っていたとき。
 リスターナでは黒銀の巨大な龍と、北のモナズセキ平原では魔族と連合軍が合同で黒銀の巨大なカニと、勇者の国ではサキョウらが黒銀の巨大なチワワと、ギャバナではライト王子率いる空軍が黒銀の巨大な怪鳥と、各所にて激戦がくり広げられていたという。
 戦線はどこも拮抗しており、敵は強大でしぶとく、味方は損耗し疲弊するばかり。
 あまりにも硬直状態が長引けば、いずれ戦線が押し切られる。
 その段になって各地の戦場に飛来したのは、ルーシーエアフォースが誇る「ハイエンドペンLG」の部隊。
 彼女たちの介入によって、流れを自分たちのもとへと引き寄せた各方面の軍勢は、一気に盛り返すことに成功。勝利を収めることになったそうな。

「へー、昨日の敵は今日の友とか。魔族と連合、ずいぶんと思い切ったもんだねえ」

 わたしが感心していると「そこがノットガルドのいいところでもあるのですよ」とルーシーさん。
 呆れるほどに繰り返されてきた聖魔戦争。いっときの休息を経て、いずれまた再開されるのだろう。そしておそらくはこの先もまだまだ続く。
 憎みあい、いがみあい、命を奪い殺しあう。
 それはとても不毛な行為。でもそれゆえに彼らは自分たちが対等であると、互いの存在を認めている証でもある。
 ケンカや戦争とは、争うべき相手がいて初めて成り立つものなのだから。
 なんとも奇妙な依存関係の両陣営。勝つために、負けないために、相手のことをよく見て、よく知り、対策を講じる。たとえ先を行かれても、必死に喰らいついては追いすがり、そして追い抜くの繰り返し。
 濃密な刻をともに過ごしてきた一番の理解者同士。
 だからこそ彼らは共通の敵が出現すれば、必要に応じて肩を並べ、ときには背中すらも預けられるのかもしれない。

「にしたって、たとえ一部とはいえ神の分身を相手にして、よくも勝てたもんだよ」
「そうですね……。おそらくは伊達に数千年もの長きに渡って、栄枯盛衰をくり返してきたわけではないということなのでしょう。ラーダクロアが現役だった時代とは、比べものにならないくらいに、ノットガルドの住人たちは強く逞しくなっています。なにせ生きること、生き残ることは、それ自体が過酷な戦いなのですから」
「なるほどねえ。それはそうとして、なんで勇者の国だけチワワ?」
「わかりません。ただ、現場に駆けつけたエアフォース隊員の話しでは、『小動物をよってたかってイジめている、性質の悪いチーマー集団にしか見えなかった』とのことです」

 チワワ犬を囲んでみんなでボコボコ。
 うん。ひどい光景だな。サクラやミヤビたち異世界渡りの勇者たちもさぞや戦いにくかったことであろう。イヌ好きの人ってけっこう多いし、きっと心に深い傷を負った者もいることであろう。
 同情を禁じ得ないわたしは、あとで何か慰めの甘味セットでも送っておくことにした。
 でもってリスターナの都中に姿を見せている青竹については、竹姫ちゃんの援軍だったらしい。
 黒銀の龍との戦いも終盤に差しかかった頃。
 敵勢の一部が混乱に乗じて、強引にオハギ率いる機動ミタラシ兵らで構成された最終防衛ラインを突破。ついに都内へと侵入を果たす。
 あわや大惨事となりかけるも、これを阻止したのが竹姫ちゃん。
 バンブー・ロードは竹林周辺でしか自身の分体を動かせない。そこで各所に竹林をポコポコ出現させて、防衛のために竹衛士らを配置。逃げ遅れた住人らを守りつつ、侵入してきた敵を一掃したという。
 これには「スゲー、やるなぁ。竹姫ちゃん」と称賛しつつも、わたしの脳裏にはふとある疑念が浮かんだ。

「そういえば竹ってば、繁殖力がものすごかったはず。ひょっとしてリスターナってば、とっくに攻略済みなのでは?」と。

 もしかしたら一番恐ろしい侵略者は、すぐそばに……。

「いやいやいや、そんな、まさかねえ」

 自身の考えを頭より振り払い、カップへと手をのばす。
 いくぶん冷めた紅茶に口をつけ、感じた不安といっしょに、わたしはこれをひと息に飲み干した。


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