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295 女神イースクロア
しおりを挟む従者の女性の手により、寝台をおおっているレースのカーテンが静々と開けられる。
姿をあらわしたのは雲のようにふかふかの巨大なベッド。
その中に埋もれるようにして眠っていたのは小さなサルのミイラ、もしくは浅黒く変色したミノムシの幼虫のような物体。
空気が抜かれた浮き輪のように、しおしおと小さく萎んだカラダ。
閉じられていた瞼がゆっくりと開いていく。
やや濁り混じりの瞳。目尻についた垢がカサカサに乾いており、動きに合わせて細かな欠片がひとつ、花びらのようにはらりとシーツの上に落ちた。
開かれた両目がギョロリと動く。
双眸が意識の覚醒にともない、爛々と強い光を放つ。
気配が濃くなり、存在感が一気に増した。
およそ女神という言葉から思い浮かぶイメージとは、似ても似つかぬ醜怪な姿。
これが……女神……イースクロア?
あまりにもかけ離れた存在を前にして、わたしは息を呑む。
異様なのは見た目ばかりのせいじゃない。放つ気が狂って堕ちた大古の神ラーダクロアとは完全に別物。
目が合った瞬間に圧倒された。
チカラがどうこうではない。たぶんそれならば、いまのわたしの方が強いはず。
なのにまるで勝てる気がしない。
母を前にした幼子。あるいは教師を前にした生徒とか。スタート地点にてすでに明確な立場と序列が決められており、両者の間には埋めがたい差がある。
もしかしたら、わたしたちは単に双方の間にロープを張って、これを渡って勝手に彼らの境地にたどり着いたと、勘違いしていただけなのかもしれない。
隣に立つルーシーも黙ったまま。おそらくは彼女もイースクロアが放つ異様な迫力を前にして、口をつぐまざるをえないのだろう。
《よく来たな、アマノリンネ》
突如として脳内に響いたのは、澄んだ鐘の音色を連想させる重厚かつ荘厳な女性の声。
これは念話?
《あいにくと、もう口を動かし声を発するのも難儀でな。見ての通り、この身はすでに朽ち果て滅びようとしている》
「どうして……っ! もしかして?」
《おまえの想像通りだ》
女神イースクロアは、短期間にあちらこちらの世界から強引に三千もの若者らをかき集めて、ノットガルドへと転移させたばかりか、同数のギフトを用意し、これを与えることで即席勇者を仕立てた。自身の手先となって動く聖騎士たちには、三つずつ与えるという大盤振る舞い。
しかしギフトは神の魂を削り出して造られるモノ。
一つや二つならばともかく、いかに神の身とて膨大な数を削れば無事で済むわけがない。
以前にルーシーらと懸念したことが、どうやら正解であったらしい。
「どうして、そんなになってまで……」
かつてはその厳かな声にふさわしい容姿をしていたであろう女神イースクロア。
あまりの痛ましい姿を前にして、わたしは問わずにはいられない。
《どうして、か。それはもちろん我が姉を狂わし、妹の命をも奪った、ノットガルドを滅ぼすためよ。だが神自らがコレを成すことは最大の禁忌とされている。まぁ、やってやれないこともないのだが、十中八九、邪魔が入り阻止される。特に我が姉の一件以来、監視体制が強化されておってな。だからこそ時間と手間をかけて、いろいろと小細工を弄したというのに。よもやそれがことごとく裏目に出て破られようとは。しかも己が適当に召喚した小娘の手によって》
言うなりクツクツ笑いだしたイースクロア。
カラダは微動だにしていないのに、目元を細めて愉快そうな表情となる。
《だがもうよい。よいのだ。なにせ結果として計画は成功したも同然だからな。アハハハハハハ》
「成功ってまさか、狂神の復活以外にも、まだ何かがあるっていうの!」
脳裏に響くのは、薄ら寒い笑い声。勝ち誇った調子にて、やたらと癇に障る。
わたしはイラ立ちのあまり声を荒げずにはいられない。
すると死に逝かんとしている女神は、かがやきが陰り始めた瞳にて、こちらをねっとりと這うように見つめながら告げた。
《お前だよ、アマノリンネ。此度の計画はことごとくとん挫したが、最終的にはお前という逸脱した存在が誕生した。感謝するぞ、おかげでノットガルドの滅びは確定した》
自分の存在が世界の破滅に繋がると言われて、わたしはワケが分からずに呆気にとられる。も、次第に己が内より湧いてきたのは怒りの感情。
そりゃあ、たしかにいろいろとカラダの中には危険なシロモノを仕込んではいるけれども、だからってあんまりな物言いじゃないか。
「何が、いったいどうしたら、そんな物騒な話しになるっていうのよっ!」
当然ながら、わたしはプンスカ猛抗議。
すると女神イースクロアが、ちょっと残念な子を見るような目つきとなり、タメ息ひとつ。
《やれやれ、まだわからぬのか……。まぁ、よい。いいだろう、教えてやる。その意味を。これから貴様が辿る絶望の未来を》
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