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002 怪電波びりびり

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 同級生から無言電話があったことなんぞ、すっかり忘れた頃。
 所用にてひさしぶりに実家へ電話をかけるも繋がらず。
 コール音はせず、話し中のツーツー音もなし。
 どうやら電話線そのものが切れているっぽい。

「ちっ、またか」

 僕は軽く舌打ちする。
 村は陸の孤島のような場所、大雪や台風のたびにライフラインが切れるので、べつに珍しいことではない。
 だから、そのうち復旧するだろうと待っていたのだけれども、これがちっとも直らない。
 次の日も。
 また次の日も。
 そのまた次の日になっても切れたまま……
 いっこうに復旧しない。
 だったら家の電話じゃなくて携帯の方にかければいいだろう、と言いたいところだが、ぎっちょんこれが難しい。

 ぶっちゃけ、村の電波状況はかなり悪い。
 基地局を山中に設置したのにもかかわらず、ちっとも改善されていない。
 つねに繋がるのは、めくりさまの社がある境内ぐらい。そこでも立っているアンテナは一本のみ。山の天気が崩れて雷とかが鳴ったらすぐに通信が途切れてしまう。
 家の中ともなれば、ほぼ確実に繋がらないというありさま。
 機器の性能やデータ上は問題ないはずなのに、だ。
 これには電話会社の技術担当も「おかしいなぁ」と首を傾げていた。
 口さがない村の者などは「きっと祝い山から妨害電波が出ているんだ」と、まことしやかに囁いている。

 ちなみに祝い山というのは寺の裏山のこと。
 では、それがどうして怪電波うんぬんの話になるのかといえば、寺が所蔵している品々のせいである。
 うつろ舟なるUFOらしきものが描かれた絵巻物を筆頭に、その舟の一部とされる欠片、天上人と交わした証文と手形などなど。
 祝い山は神が降臨された地にて、お膝元の村は祝福された場所。
 それを記念して寺は建立(こんりゅう)されたというが、あまりにも荒唐無稽すぎてじつに胡散臭い話である。

 ――と、まぁ、怪電波の話はともかく。
 そういった事情にて携帯電話はあまり役に立たない。
 村から外部へ連絡をする分には、ちょいとめくりさまの境内にまで足を運べばいいが、こちらからは非常に連絡が取りにくい状況となっている。

  ◇

 ブロロロロロ……

 中古の250ccのオフロードバイクを走らせる。
 高速道路を駆り、向かっていたのは実家だ。
 さすがに十日以上も連絡が取れないので不安になった。
 ちょうどまとめて休みが取れたもので、ツーリングがてら様子を見に行ってみることにする。
 とはいっても、さほど本気で心配はしていない。
 もしも事故や事件の類ならば、とっくにニュースになっているからだ。
 いかに山奥の寒村とて、まったく外部と没交渉というわけではない。
 村から町へと働きに出ている勤め人もいれば、新聞に郵便、宅配などの荷も届く。
 資材高騰と人手不足のおり、おおかた復旧作業が遅れているだけだろう。

 インターチェンジから一般道へとおりる。
 ここからかつて通っていた高校がある町までは、だいたい四十分ほど。
 そこからさらに山道へと入って、もう四十分ほどで村につく。
 これが電車やバスだったら、乗り継ぎの時間も合わせて倍以上もかかるのだから、自由に使える足があるのとないのとでは、大違い。

 途中、町のガソリンスタンドに立ち寄り給油する。
 セルフのスタンドにて、利用客は他にいなかった。
 道路を行き交う車は少なく、人影もまばらにて。
 街並みにさして変化はない。

「変わったことといったら、会員だったレンタルビデオ屋が潰れていたことぐらいか」

 閑散とまでは言わないが、活気に乏しい印象だ。
 町ぐるみにて企業誘致を募っているらしいけど、この様子ではうまくいっていないようだ。
 ゆるやかな衰退……
 もっとも地方はどこも似たようなものと聞く。

「……そういえば村でも青年団が中心になって、移住者を大々的に募集しているってマモルの奴が言ってたっけか」

 マモル――郡家衛(ぐんげまもる)は、同級生のひとりでリーダー的存在。
 見た目は爽やかな好青年、おおらかな性格で容姿も整っている。そのくせ学業も運動もそつなくこなす。実家はかつての庄屋にて村一番の長者、多数の山林や土地を持ち、いまなお村で大きな影響力を持つ。
 裕福で、見た目も良くて、頭も良くて、スレておらず性格まで良い。
 いい奴なのは認める。
 それは間違いない。
 でも僕はこいつが同級生の中で一番嫌いだ。
 なぜならマモルという男は、悪気なく相手を不快にして傷つける天才だから。

 無意識な思い込みからくる言動で、他人のやる気をごっそりそぐ。
 そのくせ笑顔で手を差し伸べる。
 はたから見れば、さぞやいい人のように映るだろう。
 だが僕に言わせれば、マッチポンプだ。
 結果として彼自身の評価をあげている。
 なのに、みんなマモルの爽やかな見てくれに騙される。
 いや、騙しているわけではないか。
 すべては無意識のうちの行動、自覚していない分だけ性質が悪い。
 彼は関わるほどにこちらが損をするタイプだ。
 そんなマモルは、大学卒業後は村に戻り家業を手伝いがてら、青年団の団長をも勤め、村おこしに躍起になっている。

  ◇

 給油を終え、バイクにまたがり出立する。
 町を抜けてしばらく川沿いを南下、国道をそれて村へと通じる唯一の山道へと入ったとたんに、空気が湿り気を帯びて気温もグンと下がった。
 四方から緑が押し迫ってくる。
 木々の枝葉の隙間から見える空が遠い。
 山に呑み込まれる――そんな感覚に囚われる。
 高校生の頃には感じなかったこと。
 就職してから、はじめて里帰りをした時から。
 もはやこの地にとって自分は異物なのだ。
 戻ってくるたびに、そのことを突きつけられている。
 そんな気がしてしょうがない。

 いまのところ道行きは順調、この分ならば陽が高いうちに村に到着できるだろう。
 が、そう甘くはいかなかった。
 村まで残り半分ほどまで進んだところで、立ち往生しているジープに遭遇する。
 落石と倒木が道を塞いでいた。
 オフロードバイクならば辛うじて脇を抜けられそうだが、車ではそうはいかない。
 ここは一本道で迂回路はなく、引き返そうにも近くにUターンできる場所がない。バックで曲がりくねった下り道を、かなり戻る必要がある。
 かといって助けを呼ぼうにも、この辺りの電波状況は先にも述べたとおりにて。

 この場合、僕がバイクで村へとひとっ走りして、助けを呼んでくるのが一番手っ取り早い。
 けれども、僕は声をかけるのを躊躇する。

 ジープの前に立つ、ふたりの男たち。
 ひとりは、青白く頬がこけた神経質そうな面持ちにて、スーツのシワや革靴の汚れをしきりに気にしている。
 ひとりは、赤ら顔の入道頭にて筋骨隆々、ジーンズとシャツという服装で、ぬぼーっと立っている。
 ホームセンターではいろんな商品を取り扱っている。大きな店舗ともなれば、二十万点以上ものアイテム数を誇り、圧倒的な品揃えだ。
 そのため一般からプロの職人まで、客層の幅は広い。じつに多種多様にて、なかには口にするのもはばかられるような職種の者もいる。
 だから、僕はすぐにピンときた。

(こいつら……カタギの人間じゃない。でもどうしてそんな物騒な連中がこんなところに?)

 僕が訝しんでいると、停まっていたジープの助手席のドアが開く。
 姿を見せたのは、迷彩柄のズボンにブーツ、黒のタンクトップに革ジャンというロックな身なりにて、棒つきキャンディをくわえた女であった。
 こっちを見て、にやり。

「おっ、ラッキー」

 女の三白眼と目が合った瞬間、ゾゾゾ。
 僕はまるでヘビににらまれたカエルのように動けなくなってしまう。


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