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021 村事変

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 タケさんほどの深手ではないが、僕もあちこち傷だらけ。
 その手当てがてら、スティックタイプの携帯用の行動食を貪る。

「……無理矢理にでも腹に入れておけ、アキ坊。でないと肝心なときに力が抜けて動けなくなるぞ」

 突然のエネルギー切れ、空腹感とともに急に体が動かなくなり、そのまま失速する。
 マラソンや登山中などに起こりやすく、たかが腹ペコと甘く見ていたら、ぶっ倒れて指一本動かせなくなっていた――なんてこともあるんだとか。
 タケさんに言われて、僕はもそもそ口を動かす。
 とはいえ、ハイカロリーなねっとり濃厚チョコ味を呑み込むのは、なかなか大変であった。

 身支度を整えてから、タケさんと僕は出発する。
 スマートフォンの時計で確認すると、いつの間にか日をまたいでいた。
 はや時刻は午前二時半を過ぎようとしている。
 草木も眠る丑三つ時、山の冷え込みが一段と増しており、僕はぶるりと肩を震わす。
 隠していた物資の中にタオルや着替え類もあって助かった。
 もしも滝で濡れたままだと低体温症になっていたかもしれない。

 いちおう襲撃は退けたものの、油断はしない。
 用心しつつ村へと向かう道すがら。
 ふと鼻先をよぎったのは焦げた臭い。
 臭気が強い……たんなる焚き火とかのものではない。
 僕はこれを知っている。なにせわずかな数時間のうちに自宅と山小屋、立て続けに二度も経験したのだから。

 ――火事っ!

 風に乗ってかすかに漂ってくる。
 村の方からだ。
 僕とタケさんはハッと顔を見合わせ、一斉に駆け出した。
 向かったのは村が一望できる場所である。

  ◇

「なっ!」
「……これは」

 僕とタケさんは、その光景にしばし言葉を失った。
 山間部一帯が燻されきな臭い。煙がまるで濃霧のごとく垂れ込めており、村を覆っているではないか。
 あちらこちらで火の手があがっているせいだ。
 村が燃えている……
 夜陰の彼方よりかすかに聞こえてくるのは、怒号に罵声など。
 ときおりダーンという銃声らしきものも混じっている。
 諍いが起きている? それも村全体を巻き込むような激しいものが。
 村事変!
 だが、僕たちのいるところからだとまだ距離があって、よくわからない。

 タケさんが背負っていたリュックをおろし、手早く取り出したのは暗視鏡だ。
 片手に収まるサイズながらも、デジタル式でサーモ感知機能付き、百メートル以上先でもよく見えるという優れもの。
 暗視鏡を覗いていたタケさんが「……やはりこうなったか」とつぶやく。

「やはりって、どういう意味?」
「……きっかけはアキ坊の家だ。派手にやられただろう? だからもしやとはおもっていたんだが……」

 円地三姉弟らにドカンと吹き飛ばされ、ファイヤーされてしまった僕の実家。
 あのメラメラ具合からして、とっくに焼け落ち消し炭と化していることであろう。
 そういえばこの場合、葬儀ってどうすりゃいいの?
 火事で亡くなっても火葬ってするの? わざわざ二度焼き?
 いや、ちょっと待てよ。火力にムラがあるから火葬場の炉のようにはいかないか。それに焼死体っていうぐらいだから、丸焦げになっているだけで原型は残っているのかも……だったら警察の検死解剖とかも必要になるのかな?
 わー、めんどくせ~。
 なんぞということはさておき――

 当然ながらあれほどの火事が起これば、村で騒ぎにならないはずがない。
 たとえ村八分であっても、喪事と火事だけは別とされているのは、火がそれだけ恐ろしいから。風に煽られて勢いをつけたら、たちまち手に負えなくなる。そうなれば火は等しくすべてを燃やし灰塵に帰す。これまでコツコツ積み上げた苦労も成果も水の泡。
 だから火事が起これば、地元の消防団のみならず、村人らが総出で対処するのが古くからの慣わし。
 にもかかわらず、円地三姉弟らはど派手に実行したということは、はなから悪事を隠すつもりがなかったから。
 それすなわち、彼女たちの雇い主であるプレギエーラ・アル・サレスの意向であるということ。
 新参者と古参、リベラル派と保守派が一触即発状態で、そんな真似をすればどうなるのかなんて言うまでもなかろう。
 まさか僕の実家が、開戦の狼煙に利用されるとはおもわなかった。
 なんてこったい!

「そ、それで、村はいまどうなってるの?」

 おずおず訊ねると、タケさんは暗視鏡をグイと押しつけてきた。
 自分の目で確かめろということらしい。
 だから僕は暗視鏡を受け取ったのだけれども。
 レンズ越しに映し出された光景に、おもわず漏れたのは「うわ~」という声であった。


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