3 / 83
第三話 小夜
しおりを挟む「おや、仁胡じゃないか。どこへいくんだい」
村の外れへと通じる道を、のそりと歩いていた彼に声をかけたのはの小夜。十六の花も恥じらう乙女。
彼とは一歳違いの幼馴染みにて、彼女の方が年上。
里のみんなが仁胡を鈍牛と呼ぶ中にあって、小夜だけは必ず彼を本名で呼ぶ。
それは彼女が気がやさしくて力持ちな彼を好いているから。
幼いころから手間のかかる男にて、のんびりした性格ゆえに、村のいたずら小僧どもからよくからかわれていた。それをいつも「こらーっ!」と駆けつけて、助けていたのが小夜。
ずっと弟のように面倒をみていたのだが、気がつけば背はグンと抜かれて、腕っぷしもまるでかなわなくなっていた。それでも他の里の男たちのように横柄な態度をとることなくやさしいままの彼を、小夜はいつのまにか異性として意識するようになる。
うっかりざんばら髪の中にあった顔をのぞきこんだのが決定打となり、以来、小夜は自分の気持ちに素直になった。
しかし鈍牛のあだ名は伊達ではない。
小夜は目下、大苦戦中である。
「ああ、小夜ちゃん。頭領のおつかいで、ちょっと出てくる」
「頭領って……。あんな呑兵衛、いまどきそんな風に呼んでるの、村でもあんたぐらいだよ」
「だって叔父さんがそう呼べって言うから」
「うわぁ」
顔を引きつらせて、そんな声をあげた小夜。
えせ忍者の長が「オレさまのことは頭領と呼べ」と命じる。しかも他には誰も相手にしてくれないから、逆らえない甥っ子にこれを強要するだなんて、なんと格好悪いんだろう。
仁胡の両親が相次いではやり病で亡くなったことにより、棚ぼたにて長者におさまった現当主。その阿呆さ加減に彼女は心底、あきれ果てている。
悪い人ではない。いささか小狡いところはあるものの、なんだかんだできちんと兄夫婦の忘れ形見の面倒はみている。まぁ、なにかとこき使ってはいるけれども。
そう、芝生慈衛とはそんな男であった。
そしてそんな酔っ払いが自分の発言に責任なんて持つわけもなく、昨夜に自分が何を吐いたのかもまるで忘れており、のちに思い出して真っ青になることに。
この話には端から真意なんぞなかったのである。
なのにそんな男の命令を忠実に守ろうとする仁胡こそが、輪をかけての阿呆なのかというと、彼とても本心から信長公をどうにかしようなんぞとは、露ほども考えていない。
というか不可能である。
でも頭領が命じた以上は、いちおうは従うフリだけでもしておかないと、彼の面子が立たないとおもんばかってのこと。
やさしさが斜め上に突き抜けてしまった結果なのだが、これはいらぬやさしさであった。
阿呆の酔払いと、馬鹿正直者の気づかいがそろった時。
世にも奇妙な星が巡りだすことになろうとは、遠ざかる仁胡の背を見送る小夜も夢にもおもわないことであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる