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第二十話 安土の城下町
しおりを挟むある日のこと。
安土の城下町にいたのは肩に愛猫の小梅をのせた鈍牛と、下働きの同僚の七菜。
彼らは職場の姉さま方から頼まれた買い出しの真っ最中。
荷がつまったおおきな行李を背にかついでいる鈍牛を「だいじょうぶ」と気遣う七菜。
こうして並んで歩いている姿がなんとも初々しくて、行く先々にて夫婦扱いされては、赤面する若い二人。
じつはこのお使い仕事、七菜のために姉さまらがわざわざ仕組んでくれたこと。
どうやらこの子はアレを好いているようだと勘づいた先輩らが、かわいい妹分のためにひと肌ぬいだというわけ。
これを機会にぐっと距離を縮めて、隙あらば押し倒してこいとまで言われている七菜は、内心ではずっと胸が高鳴りっぱなし。
だけど相手は鈍牛ゆえに、よくもわるくもふだんとかわらない。乙女心にとんと気がつきやしない。
それが七菜にはありがたくもあり、ちょっともの足りなくもあったり。
それでも二人でのお出かけは楽しいと思っていたのだが……。
「おや? 鈍牛じゃないか。元気にしてたのかい」
ふいに二人の前に姿をあらわしたのは、甘い色香が匂い立つような美女。
旅芸人の一座にて舞いなどを披露しているお良。その正体はさるやんごとなきお方にお仕えするクノイチ。鈍牛こと芝生仁胡とはその秘密を共有する間柄。
鈍牛を挟んで対峙するお良と七菜。
その瞬間、何やら剣呑なモノが女たちの間にてぱちりとはじける。
七菜はその美しい女をひと目見て思った。「こいつは己の恋路をじゃまする敵だ」と。
たしかに美人だ。だけれども何やら危険な香りがする女。こんなのに誑かされたら鈍牛がたいへんな目にあうにちがいあるまい。だから自分が守ってやらないと。あと負けられない。そう密かに決意を固める。
お良は目の前の小娘を見下ろしつつ思った。「なんだか面白くないねえ」と。
互いの秘密を共有する鈍牛は、己にとっては出来のわるい弟分みたいなもの。危なっかしいところがあり、どうにも目の離せないところがある。姉の心情としては、よくよくつき合う相手は見極めたいところ。とどのつまり自分の目の黒いうちは、勝手をさせるつもりはない。考え方がやや小姑めいている気がしなくもないが、とにかくそんなワケだから覚悟おし。といったお良の心中。
しばしにらみあう両者。
先に動いたのは七菜。
「さぁさぁ、鈍牛さん。あまりのんびりしていたら門限に間に合わなくなってしまいますから、行きましょう」
そう言って彼の右の腕に絡みついた七菜。「では、ごきげんよう」と愛想笑いにてその場を立ち去ろうとする。
でも一歩も動けなかった。
鈍牛が歩きだすまえに、彼の左の腕にお良が絡みついていたから。
「なんだい、ひさしぶりだってのにつれないねえ。何? 買い出しの途中だって。だったらこのわたしが案内してやるよ。興行の合間にぶらついて、いまじゃあ、この界隈は自分の庭みたいなもんだから」
左右から女に引っ張られるという、へんてこな状況。
はたからみれば二人の女が一人の男を取り合っているみたい。
往来のど真ん中にてこんな真似をすれば、当然のごとく周囲の好奇な目にさらされるわけで。
「よっ、色男」「なんとも罪作りだねえ」「どっちも負けんな」「こいつは男冥利に尽きるねえ」
なんぞと無責任な声が飛び交い、軽い人だかりができる。
こうなると七菜とお良はますます引っ込みがつかなくなって、ムキになるばかり。
これには鈍牛も大弱り。
どうしていいのかわらからず、頭にのっていた小梅に助けを求めるも、「にゃあ」とひと鳴きされて、ぺしぺしと額を前足の肉球で叩かれただけであった。
これを遠目に見つけたのは一人の男。
「あれは……、あの晩の。なにやら愉快なことになっておるな。どれ」
茶屋の軒先にて一服していたところに、鈍牛らの騒動を見かけたのは加藤段蔵。
着古した麻の藍染姿の町人風の格好。大胆不敵にも安土城へ単身忍び込んだ者にはとても見えないほどに、城下の街並みにとけ込んでいる。
そんな彼はいいおもちゃを見つけたとばかりに、腰をあげて尾行を開始。
だが彼と同じようなことを考えた人物がもう一人いた。
旅の雲水である。
その正体は、かつて高槻より安土へと向かう途中にて、鈍牛が出会った白髭の好々爺、田所甚内。だが鈍牛が出会ったときとはちがい、人相風体がまるで異なっている。
その正体や果たして?
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