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第二十一話 二人の忍び
しおりを挟む女二人に手を引かれる格好にて、街中を散策するハメになった鈍牛。
いや、頭に乗せた小梅もいれたら三になるのか。
彼はざんばら髪にて、六尺越えの大男。ただでさえ目立つのに、これにいっそう輪をかければ、その比ではない。
と、なれば面白くないと感じる輩もいるわけで。
少しばかり人の波につかれた鈍牛たち。これを避けるように移動していたら、いつの間にやら寺社の境内にたどりつく。
時間のせいか、参拝客もまばらにて、静かな様子にほっとひと息。
だというのに、人気の少ない場所へときたとたんに、十人ばかりの男たちに絡まれる一行。
派手な衣装を着崩して、傾奇者を気取った集団。
「昼日中から女二人もはべらせて、いいご身分だなぁ。ちょいとオレたちにも分けてくれよ」との難癖。
おびえた七菜は、鈍牛の陰に隠れて着物の袖をぎゅっと掴む。
凄腕のクノイチであるお良は「へん」と馬鹿な野郎どもを鼻で笑うばかり。
そんなお良の態度を、ただの強がりだと勘違いしたのは集団を率いていた男。
彼の手が、お良へとのびる。
その腕をすんでのところで、むんずとつかんだのは鈍牛。「そいつはいけねえ」
まさか腕に覚えありの自分が庇われるとは思ってもみなかったお良。おもわず頬にほんのり紅がさすのを止められない。ついつい忍びの心を忘れて、素の女の部分が反応してしまった。
だが鈍牛としては、むしろ相手の男の身をこそ気遣ってのこと。
なにせお良はすこぶる腕が立つ。京の鴨川のほとりで見かけたあの戦いぶり。
うっかり無礼を働こうものならば、男の腕がすっぱり飛びかねない。
しかし助けられた当人にとっては、いいところを邪魔されたぐらいにしか思えなくて、怒りの矛先はいい格好をした鈍牛の方へと自然と向かうことになった。
「てめえ、いい度胸だ。だったら」いきり立つ男。
「だったら?」淡々とたずねかえした鈍牛。
問答はそこでピタリと止まる。男の額からはダラダラと脂汗が流れるばかりで、それ以上の言葉はいっかな出てこない。
それもそのはず。鈍牛が握る力をじょじょに込めていたから。
万力にて腕が締めあげられる。血の流れがすっかり滞り、手の感覚なんてとうに失せて、まるで蝋のような色になっていた。
顔色ひとつ変えることなく、怒っている風でもないのに、そんな真似を平然とやってのけるざんばら髪の青年。
男は空恐ろしくなって、ついに意気地が折れる。
「わかった、わかった。もう、野暮は言わねえ。かんべんしてやるから、いいかげんにその手を離しやがれ」
これが男の精一杯の強がり。
だけれども鈍牛はこれを受け入れて、素直に手を離す。
ようやく解放された男はすぐさま背を向けると、「行くぞ、おまえら」とさっさと行ってしまった。
自分たちの頭の態度に困惑しながらも、集団もこれに続く。
「すごい、あの人数を追っ払っちゃうなんて。鈍牛さんってば、じつはやれば出来る子?」はしゃぎながら首をかしげる七菜。怖さのあまりずっと青年の着物の袖を掴んでいたことに気がついて、あわててその手を離したものの、ちょっと名残り惜しそう。
そんなおぼこ娘をジト目で見つつ、「ありがとうね、鈍牛。男にあんな風に庇われたのなんて初めてだったから。その、ちょっと、うれしかったかも」とはお良。
なんともしおらしい一面を見せられた鈍牛。さすがに空気を読んで「本当は相手を助けるためだった」との言葉は腹に納めたままにする。
かくして一行は難を逃れて、そのままふたたび安土城下の雑踏の中へと。
一方その頃、鈍牛たちに難癖をつけていた傾奇者の集団。
「かしらぁ、いったいどうしたってんですか? あんなでくの棒、みんなでたたんじまえばよかったのに」
「バカ野郎っ! この腕を見ても、まだそんなことが言えるのか」
集団を率いていた男のまくられた袖。そこにくっきりとついていたのは大きな手の平の青アザ。軽く握っていただけで、こんな風になるなんて。
本気をだしたらどうなることやら。想像してぶるると怖気をふるった男たち。
くわばらくわばらと退散していく。
鈍牛と傾奇者たちとのやりとりの一部始終を、少し離れた木の上から文字通り高みの見物をしていたのは加藤段蔵。
飛び加藤との異名をもつ、脅威の身体能力を有する彼ならば、この程度の芸当は朝飯まえ。
と言いたいところだが、絶対の自信を持っていた隠形術や変化の術を鈍牛にあっさり見破られて以来、その自信が少々ぐらついている。
だから今回もかなり用心し、遠目にての観察。そばのクノイチもなかなかやりそうだが、いかんせん鈍牛の目が怖い。これ以上に近づいては勘づかれる恐れがあったので。
「それにしてもふしぎだ。奇妙な目を持ち、あれほどの力もあるというのに、何故にいまの待遇に甘んじておるのか。その気になれば栄達への道もおもいのままであろうに。のぉ、そなたもそう思わぬか?」
言うなり、振り返りざまに自分の背後へとクナイを投げた段蔵。
生木の太い幹に深々と突き刺さるどころか、風穴を開けるほどの一撃。
これをひらりと難なくかわしてみせたのは旅の雲水。
「おぉ、なんとおそろしい。こんなものを貰っては、ワシとてひとたまりもないわ」
南無南無と手を合わせて見せた雲水。
ふざけた仕草におもわず舌打ちをする段蔵。
「ちっ、何を言っていやがる。あっさりかわしておいて、いけしゃあしゃあと。どうやら狙いは同じみたいだが、貴様は何者だ」
問われた雲水。にへらと笑い「なぁに、ご同業さ、加藤段蔵どの。御高名はかねがね。ワシは果心居士と呼ばれる者。もっともはるか昔にはちゃんとした名もあったのだが、あれこれと化けておるうちに、すっかり忘れてしまったのでご勘弁を」
果心居士。
見る物を例外なく惑わせる幻術の達人にして、池に浮かべた木の葉を魚にしただとか、夫の前に死んだ妻の亡霊を出現させたとか、絵の中に飛び込んで中から虎を引っ張り出したとか、万の鼠に化けただの、鷹に化けて飛んだだの、伝わる逸話は数知れず。
そのすべてに共通しているは、術の見事さ。
ゆえに忍びらはこぞって彼の秘技と身柄を追い求めたというが、神出鬼没にて、いっかな捕まりやしない。
かくして伝説となった御仁。
ふつうであればそんな人物を名乗るような相手を信用なんてしない。
だが加藤段蔵は微塵たりとも疑わなかった。なにせ鈍牛を尾行している自分の背後に潜んで、気取られることなく同じような真似をしていたことからも、その実力の底はまるで計り知れなかったので。
「まぁ、待たれよ。不躾に背後をとったはこちらに非がある。おわびと言ってはなんだが、あの青年について、知っていることを教えてやろう」
いまは雲水の姿をしている果心居士の口から語られたのは、ざんばら髪に隠された鈍牛の瞳について。
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