高槻鈍牛

月芝

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第二十二話 破眸(はぼう)

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 悠久の歴史を誇る海の向こうの大陸。
 そこにもまた日ノ本の忍びのような闇に潜み暗躍する一族や集団は数多に存在。それこそ泡沫のごとく現れては消えるのくり返し。
 仙人だの神仙だの山怪だのと呼ばれる者らも、正体は連中とも言われている。
 なかでも特に古参の部類に入る一族があった。
 人外を極め、秘術を数多保持し、化け物揃いの集団にて、時の権力者との結びつきも強く、隆盛するばかり。
 そんなとき、一族の長に娘が生まれた。
 見た目はふつうの赤子にて、とりたてて奇形なところもない。忍びの一族としてはむしろ誇るべき点に乏しい。
 なのにこれを取りあげた産婆は、ひと目見るなり泡を吹いて卒倒する。
 たとえ首から上が獣であったとしても、ケロリと扱うような産婆のこの態度にみなが訝しがるも、彼女はそのまま目を覚ますことなく息を引き取ったので、ついに謎は謎のまま。おおかた年のせいで引きつけでも起こしてぽっくり逝ったのであろうと考えられて、ことは有耶無耶に。
 やがて娘はすくすくと成長していくものの、一族にはいささか困った問題が発生しはじめる。
 ちょくちょく気が触れて使い物にならなくなる者が出始めたのだ。
 過酷な裏稼業ゆえに、肉体はともかく精神を病む者は昔からあったが、あまりにも数が多い。それこそ稼業に支障がでかねないほど。
 それで原因を調べてみれば、なにやら娘の周囲にその病人が集中しているではないか。
 偶然にしてはあまりにも重なり過ぎているので、娘に問いただすも首を傾げるばかり。
 体も調べてみたが、特に異常はなく、彼女が悪さをしているわけでもなかった。
 結局この時は、原因不明のまま経過を見守るという形でおさまることになる。
 だがその後も、同様の事態が多発。
 いよいよ、一族存亡の危機との認識にてことに当たると、やはり娘の周辺がおかしいのは、どうにもまちがいないよう。
 だが理由がまるでわからない。

「長の子とて関係ない。怪しいのならば始末すればよい。細かいことは後から考えればいいではないか」

 いっこうにおさまらない騒動に業を煮やした猛り者が、周囲の制止も聞かずに、娘のもとへと向かう。
 あわててみなが止めようと後を追う。
 そこで多くの者たちが目撃したのは、奇声をあげて愛用のかぎ爪にて己がのど笛をかき切り、血を噴いている男の姿。
 それを見つめるのは、かっと見開かれた娘の瞳。
 黒目のふちに月と太陽が重なったときのような、光の線がゆらめいては浮かんでいる。
 瞳の内に映る死にゆく男の姿は、人ならざる醜く浅ましい姿をしていたのだが、そのことに気がついたのは、この場にてただ一人。娘の父親にして一族の長であった。

「まさか……あれは破眸(はぼう)なのか……。よもや我が娘の身に宿ろうとは」

 そう言って長の男は絶句したという。

 破眸。
 それは忍びにとっては天敵にも等しい能力を宿した瞳のこと。
 いかなる術もこれの前には通じず、あっさり見破られてしまう。
 しかしこの瞳のおそろしさは、そんなものではすまない。
 この瞳を持つ者には、たえず見えているという。
 正しき道、進むべき道、選ぶべき道……、そのすべてが光の筋となって映っているのだとか。
 例えば百発百中の弓の名手が矢を放ったとしても、かるく避けられる。なにせ飛んでくる軌道が丸わかりなのだから。そればかりか、ひょいと掴み取られさえする。いつ、どの瞬間にどのように手を伸ばせばいいのか、すべてを瞳が教えてくれる。
 剣や槍の達人とて同じこと。心血を注いで身につけたいかなる技もまるでおよばない。
 さらには瞳を通して映し出されるのは、自分の本性。
 力や技は通じず、心までもが丸裸にされる。忘れていたはずの、消し去っていたはずの人間としての感情、誇りや羞恥心などが露呈する。それらが津波となりて押し寄せ、わき起こる後悔の念は想像を絶する。
 なまじ厳しい鍛錬を積んできた者ほど、地獄のような日々を潜り抜けてきた修羅の者ほど、反動が凄まじく精神に支障をきたす。
 すぐれた忍びであればあるほどに壊れてしまう。
 いや、ふつうの人間にとってもこれは悪夢のような存在。
 誰だって心の内にはいろんなものを飼っている。
 普段は目をつむりそむけているだけのこと。それを白日の下に晒されて突きつけられるのだからたまらない。
 使い方次第では大乱を呼び、天下をも手中におさめられるかもしれない伝説のチカラ。
 が、そうは問屋が卸さないのが世の理の深いところ。
 このチカラが発現する条件こそが奇跡にして、世を守る最大の防壁。
 忍びのように強靭な血と肉を持ち、人を越えた存在であることが第一。
 第二は心が無垢であること。
 つまり欲得ずくの邪悪な魂には宿らない。天下国家を狙うような輩にはまちがっても発現しない。
 忍びの体に忍びの魂を持ち合わせぬ者。
 生涯を賭けて鍛え上げた、脈々と受け継がれてきた、それらすべてへの執着を捨てる。
 それは人が人であるがゆえに不可能。たとえ人外へと身をやつしたとて魂は人であるがゆえに、こればかりはどうしようもあるまい。
 すごい能力だが、使いどころにたいそう困り、うっかりすれば一族を滅ぼしかねないやっかいな存在。
 それが破眸という瞳。
 父親である一族の長は悩んだ末に、よくよく言い含めて、娘を遠い地へと島流しにすることにした。

「この海の向こうには蓬莱の島があるという。おまえはここにいてもきっと幸せにはなれまい。だからあちらへ行って、ゆるゆる心穏やかに過ごせ」

 こうして破眸の娘は、吹けば飛ぶような小舟にて単身、大海原へと放り出されることとなった。


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