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第二十七話 クノイチ
しおりを挟む容赦なくふるわた凶刃。
それをすんでのところで防いだのは、一振りの刃。
ただしこちらは相手の得物より、やや小ぶりにて短い。
「ボサっとしてんじゃないよ。しっかりおしっ!」
呆けていた七菜を叱咤したのは忍び装束姿のお良。
火事のどさくさに紛れて、いろいろやっていたら、この現場に遭遇。
お良もはじめは放っておくつもりであった。
だができなかった。どうしても鈍牛の顔がちらつく。もしもここで彼女を見捨てたら、きっとアレは泣くにちがいあるまい。
それによってたかって小娘に群がる同業者らの姿にも、しょうしょうカチンときた。
これだけの不始末を仕出かしといて、あげくに素人相手に何をやっていやがる! とムカっ腹が立った。
「いいかげんに、しゃんとしな。さっきの威勢はどこへいったんだい」
さらに怒鳴るお良。
その声にようやく我にかえった七菜。「えっ、お良さん、いったいどうして」
「こまかいことは後だよ。それよりも、いまは……」
言うなりお良は鍔ぜりあっていた相手の刀を叩き折ってしまう。
彼女は二本の小太刀を巧みに操る。それゆえにもう一方の腕による一撃にて、相手の刀の峰を打つことでこれを成したのだ。
切れ味を追求した刀ほど、峰から力を込められると案外脆いもの。
とはいえそれを戦いの最中に、的確に行うのは至難の業。
お良は動揺する連中に間髪入れずに攻勢に出て、一人を蹴り飛ばして炎の中に転がして火だるまとし、もう一人の脇腹に刃を突き立てたところで、急に反転すると七菜の手をとって、その場を逃げ出した。
「くそっ、逃がすな」
一団を率いていた者の声で、即座に三人が駆け出す。
他の者たちも後に続こうとしたところで、すぐそばの建物が崩れて道が塞がれてしまう。
「ちっ、これでは通れぬか。しかたない、向こうへ回って……」
男の言葉はそこで途切れる。
周囲の者たちが見れば、男の首から上がどこかに消えていた。
大事な物を失くした体が勝手にふらふら彷徨う。血を盛大に吹きだしながら、炎を背景に稚拙に踊る。
あまりの光景に目が釘づけとなる一同。
「ぎゃっ」またもや声があがる。
そちらを見れば、喉ぼとけ付近、首の前半分ほどがごっそりと消え失せ、奥の白い骨があらわとなっている仲間の姿が。
その傷口の異様さ。刃で切り取ったのではない。まるで熊か狼にでも喰い破られたかのようにも見えるが、それともいささか様子がちがう。
正体が知れたのは三人目が殺られたとき。
足元の影が盛り上がり、中からのびた腕がむんずと喉元を掴むと、なんと! これを無造作に、それこそ柔らかい豆腐やつきたての餅に手を突っ込んでぐにゃりとするようにして、引き千切ってしまった。
鍛え抜かれた人外の忍びの肉体を相手にやすやすと破壊する。なんという膂力であろうか。
驚愕する男たちのまえに現れた影。
炎に照らされたのは紅い襟首を身につけた加藤段蔵である。
「おのれらか? こんな余計な真似をしてくれたのは。いつの間にやら鈍牛は姿を消しておるし、ようやく縁者を見つけたとおもったら、またもや見失ってしもうた。やれやれ、またいちから探さねばならんではないか。いったいどうしてくれる」
心底、億劫そうな口調にて段蔵。そう言いつつ払った手から、びちゃりと地面に飛び散ったのは彼が抉りとった肉片と血。
「とりあえずオレはいま機嫌が悪い。だから、全員死んでくれ」
火炎地獄と化した安土の城下に姿をあらわした悪鬼が静かに笑う。
それがこの場に居合わせてしまった男たちが見た人生最期の光景となった。
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