高槻鈍牛

月芝

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第二十八話 迎撃

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 炎に包まれた安土の町中を走っていたのはクノイチのお良と、彼女に救い出された城の下働きの娘、七菜。
 とはいえ周囲は火の海にて、背後からは三人の追手が迫り、窮地は続いている。
 火と煙をうまく利用して、どうにか追尾の手を撒こうとするも、敵もさるもの。ぴったりと着かず離れずにてついてきている。
 なかなかうまくいかず、焦るお良。
 おそらくは狩りに最適な場所へと足を踏み入れたとたんに、仕掛けてくるつもりなのだろう。
 絶えず背後に気を配りながらの逃走は、想像以上に神経をすり減らせる。
 ましてやいまは守るべき存在を抱えている。これが重なり、身だけでなく心までもが追い詰められていく。
 それに自分はともかく連れの七菜の体力も限界が近いだろう。
 煙と焼ける空気の中、走り続けることに肺が悲鳴をあげているはず。素人にしては頑張ってくれてはいるけれども、この分ではそう長くはもつまい。
 逃げ切るのが難しいと判断してお良、七菜に告げる。

「わるいがこの先で連中を迎え撃つ。同じ不利ならば守るより攻めの方がまだマシだからね」
「はぁ、はぁ、すみま……せん。わたしのせいで」
「気にすんじゃないよ。あんたに何かあったら鈍牛がかなしむからね。アレに泣かれたらどうにも寝覚めが悪そうだからと、わたしが勝手にしたことさ」
「でも」
「でももへったくれもない。どのみちここを切り抜けなくちゃあ、お話にならないからね。とはいえどうしたものか」

 相手は三人の手練れ。ひょっとしたら更に後続がくる可能性もある。
 すばやく逡巡するお良。どこで狩りをするべきか、頭の中にある地図と照らし合わせ、考えをめぐらしていると、後ろについてきていた七菜が口にしたのは、ここより北へしばし向かうと姿を見せる蔵町のこと。内部には水路が通されており琵琶湖からの船便による荷の上げ下ろしに使われている場所。
 あちらにも火の手は回っているが、もとが厚く頑丈な土塀の建物が多いせいか、他よりかは多少まし。
 迷路のようにごちゃごちゃしているところにて、視界がひらけておらず、一時的に戦う術のない七菜が身を隠すのに都合がいい。また死角が多いので狩りをするにはもってこい。

「でかした」七菜を褒めたお良。そのまま彼女を連れて蔵町へと向かう。

 蔵町にも火の手はあがっており、ここにも焼け焦げた臭いが届いている。
 だがそんなことよりも彼女たちの目を釘付けにしたのは、水路の変。
 火に追われて、焼け出された人々が、何を求めるのか?
 それは水だ。
 水路を隙間なく埋め尽くしていたのは、骸たち。
 みな炎に追われているうちに、苦しみから知らず知らずのうちに水辺へと殺到したのだろう。
 お年寄りから子どもまで、無残な姿が幾重にも折り重なっており、ひょっとしたら底の方にまで死体が詰まっているのかも。
 火炎地獄のお次は水牢地獄。
 あまりに酷いありさまにて、その場で吐き出しそうになった七菜。この口元を無理矢理おさえつけたお良、怖い目をして「ガマンしな。ニオイで敵に居所が知られる」
 ゆえに目元に涙を浮かべて七菜は必死に吐き気を堪えた。

「泣くのも、吐くのあと。なんとしても生き残るよ」

 うなづいて見せた七菜は、手ごろなところにその身を隠し、息を殺す。
 お良はそれを見届けてから気配を消した。

 しばらくして蔵町へとやってきた三人の忍びたち。
 数々の修羅場を潜ってきたらしく、水路の凄惨な姿にも眉ひとつ動じない。
 周囲を警戒しつつ、目的の女たちの姿を探す。
 一切音を立てることなく、声も発せず、目と手ぶりのみで合図を送りあいながら、慎重に探索をつづけてゆく。
 彼らに油断はない。クノイチが手練れなのは先の戦いで判明している。いかに数にて優勢だからとて、それを覆すのが忍びという生き物なのだから。
 カタリと音がした。
 四つの目がそちらを向くも、残り二つは周囲を警戒したまま。
 音の正体は鼠であった。火事から逃れてきたのだろう。
 男たちの視線にてしばし小さな身が固まるも、すぐに鼻先をひくひくさせて動き出し、タタタと物陰へと去っていく。
 焦げた臭いが強まっている。いよいよこちらにまで本格的に火勢がまわってこようとしていた。
 さすがにあまりのんびりとはしていられないと男たち。
 探索の手を早めざるをえない。目配せにて、そのことを確認した。
 だがその瞬間こそが、お良の狙いであった。
 陰に潜み、じっと彼らの視線の動きだけを見つめていたクノイチ。
 三人の視線が見つめ合い、互いの意を汲んだのちに、ふたたび各々の視界へと散ったことで生まれるわずかな空白。その刹那に放たれたのは棒手裏剣。
 三つの光線が同時に闇にきらめく。
 一本は半ばまでが喉を貫く。
 一本はとっさに避けられるも片目を潰す。
 しかしいま一本は刀身にてはじかれた。不意打ちに見事に反応したことといい、その手練といい、まちがいなくこれが最大の難敵。
 血を吐いて、ひゅうと乾いた声を最期に倒れた仲間にはかまわずに、真っ先に動いたのは左の目から鉄の棒を生やした男。
 すぐさま棒手裏剣が飛んできた方へと向かう。これを「待て」とあとの者が制止するも、ときすでに遅し。
 飛び込んだ先にて待っていたのは、地面にまかれたマキビシたち。
 踏んだひょうしに足の裏に激痛が走り、たたらを踏む。倒れまいと手をつけば、ぐいとその手首を掴まれ、力任せに持ち上げられた。
 見れば手首に食い込んでいるのは黒い紐。猟師が仕掛ける罠のようなモノにやられたと気が付き、すかさず紐を切ろうとするも、異様な手ごたえ。刃が通らない。
 見た目は脆弱にみえるというのに、その固さたるや並みではない。

「なんだっ、これは!」

 おもわず発した声が、彼の最期の言葉となる。
 片腕を釣りあげられてもがいているところに、潰れた左目側より走った斬撃。虜となった男の首を半ばまでざっくりとして、その命を刈りとるクノイチ。
 これで二人、残りは一人のみ。


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