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023 先行投資
しおりを挟む「よっ、ダイア、おつかれさん。なんだか色々とたいへんだったみたいだな」
「おかげさまでな。ったく、野犬に賊に慮骸にと、次から次にそれはもう盛りだくさんだったよ」
声をかけてきた支部長ナクラに俺は皮肉まじりに応じるも、赤髪の女は無頓着にて「ははは」と笑って受け流す。
どこぞの商会に疎まれて狙われた若き行商人ダヌ。彼のお供をして内地を巡る旅から城塞都市ソーヌへと帰還した際の一幕である。
◇
山間部の集落にて慮骸ヒトデと戦ったあと。
結局、俺は丸二日ほど寝込んだ。さいわいなことに外傷はさほどでもなかったが、拡張能力の酷使に連日の徹夜と戦いの疲れがどっと出たせいだ。
目を覚ました時、集落では慮骸に壊された防壁と門の修復作業が始まっていた。
足場を組んでせわしなく働いている彼らのかたわらには、すっかり黒銀色に変色したヒトデの死体が放置されたまま。
慮骸は死んでからしばらく放置しておくと、みなこのように硬化して黒銀色となる。どうやら大量に体内へと取り込まれた妖精の鱗粉のせいらしいのだが、詳細な理屈はまだ解明されていない。しかしわかっていることもある。
それはこの状態となった慮骸が資源の塊だということ。
辺境では使い道はないが、都市部や中央に持って行けば高価買取をしている。手数料を払えば出張買取もしてくれる。
ぶっちゃけこいつを持ち帰れば、しばらく御者のお仕事を休んで飲んだくれていても問題ないぐらいの稼ぎとなるだろう。だがしかし俺は……。
「あー、俺の取り分は慮晶石だけでいいや。残りは好きにしてくれてかまわない」
この申し出に集落の面々が喜んだのは言うまでもない。
いくら自給自足が基本にて防壁の修復も自分たちで行うとはいえ、今回の騒動でこうむった損害はけっして少なくはないのだから。
「本当によろしいのですかダイアさん。これって出すところに出せばけっこうな額になりますよ」
あまりの気前の良さに、やや困惑しているダヌ青年。
若き行商人は知っている。無償の善意を額面通りに受け取ったら、あとで手痛いしっぺ返しを喰らうということを。
だからこそこちらの真意をはかりかねての不安げな表情を見せているのだろう。
そこで俺は自分の考えをこっそり彼にだけ耳打ちする。
「今回の一件、ある意味、俺とダヌさんが彼らを巻き込んだとも言えることだし、そのお詫びってことで。あとは先行投資の意味もあるかな」
「先行投資? いったい何の……」
「そりゃあ決まってるだろう。辺境の希望の星、若き行商人ダヌの今後の活躍に期待して、だよ」
ちょっ気取った物言い。だがもちろん俺なりにいやらしい打算もあっての行動でもある。
この調子ならばダヌはそう遠くない未来、自分のお店を構え、商隊を組めるほどの大商人になるだろう。
そんな人物から信用を得て懇意にしてもらえるのならば、むしろ安い買い物である。
おそらくは俺の浅知恵なんぞにはとっくに気がついているであろう若き行商人は、それでも恭しく頭を下げて感謝の意を述べてみせるのだから、やはりたいしたもの。
◇
ダヌとの契約を完了し、支部の受付で手続きを済ませたところで声をかけてきた支部長のナクラ。
「組合の主義に反して、あんたがダヌさんに肩入れしたくなる気持ちがよくわかったよ。あれはたしかに摘ませてはいけない新芽だ」
「だろう? そういえばダイア、あんたもひとくちのったんだってな」
耳聡い支部長は、俺が倒した慮骸の権利を譲渡したことをとっくに承知。
「まぁな。……ところで、例の元凶の方はどうなったんだ」
元凶とはダヌの始末を裏稼業の人間に依頼したどこぞの商会のこと。
「あぁ、そっちはすでに片がついているから安心してくれ。もともと評判があまりよろしくない商会だったんで、これを機にぶっ潰してもよかったんだが、腐っても中央に店をかまえているだけのことはあってね。うかつなことをしたら路頭に迷うやつがぞろぞろ出ちまう。そこであちこちから手を回して、商会の頭をすげかえた。もちろん今後二度とダヌにつまらぬちょっかいを出さないようにと、迷惑料を徴収がてらたっぷり言い含めてね」
ざんばらの赤髪を手でかきあげたナクラがニヤリと凄みのある笑みを浮かべた。この様子だと俺への報酬などの支部からの持ち出し分は余裕で回収したな。ちゃっかりしていやがる。
人流物流の担い手である御者を統べる運送組合。
品と金を回し人々の暮らしの安定と経済の活性化を担う商業組合。
両者は切っても切れぬ縁。問題の商会はさぞや激烈な突き上げを喰らったことであろう。自業自得とはいえ、いささか同情を禁じ得ない。
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