御者のお仕事。

月芝

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038 赤肥留

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 背の高い草に囲まれており視界が悪い。
 つねにカサコソ風にゆれているので、敵の接近を事前に察するのが難しい緑迷海。
 そんな環境下にあって、どこから敵が向かってくるのかを教えてくれる物見役のトパスの存在はとても心強い。
 俺は相棒に命じて荷車を停めるなり、御者台から飛び降り真っ直ぐに三時方向へと駆け出す。
 やってくる相手をみんなで迎撃してもいいのだが、現在は運搬途中。
 預けられた荷を守るのは御者の仕事。それにやたらと突っかかってくる若い連中との今後の関係を考えれば、ここいらで実力の一端でも示しておくのが無難であろうとの判断もある。

「ダイア、赤肥留だ」

 大型騎獣コクテイの背にいるトパスが視認した情報を伝えてくれる。
 赤肥留(あかひる)とは地面の下に潜ることをやめたデカいミミズのこと。大きな口にて獲物を丸呑みし、体液のみを吸いとり食す。血を吸われた者はたちまち干物にされてしまう。
 体表面にぬめりがあり、刃物が通りにくい相手。
 だが事前に正体がわかっていれば対処はそう難しくはない。

 俺は接敵しつつ腰につけている小鞄の中から煙玉を取り出す。
 煙玉は文字通り煙幕をはるための道具。ほんの一チア(約一センチぐらい)ほどの直径ながらも、傷をつけて転がすだけで瞬間的に濃い白煙を大量に吐き出す。

 草むらが不自然な動きをして、ついに奥から姿をみせた赤肥留。
 長い身をうねらせながら大口を開けてこちらへと襲いかかってくる。
 すぐさま俺は右脚に意識を集中して拡張能力を発動。
 我が身を囮とし、赤肥留に喰われるギリギリのところで脇へと緊急回避。
 しつつ放ったのは煙玉。
 煙玉は俺の狙い通り、赤肥留の大口から腹の中へと入ったところですかさず白煙をあげ始める。
 突如として体内から溢れた白煙に困惑し、赤肥留がうろたえている隙に俺はヤツの側面を抜け、尾っぽの方へとまわり込む。
 尾の先端部分にある黄色い斑点。
 大人の尻ほどのこれこそが赤肥留の急所。大口があって頭部と思われる箇所には脳味噌はない。もちろんまともに戦っても倒すことも可能だが、赤肥留は痛覚が鈍くおそろしくしぶとい。食用には適さず素材として使えるところもほとんどなく、はっきり言って時間と労力の無駄遣い。
 そこで俺はサクっと終わらせる。
 抜いた短双剣・黒羽の一刃を斑点に突き入れ、半月を描くように動かし抉るようにして引き抜く。
 とたんにぶよぶよしていた赤肥留の体が硬直し、そのまま横倒しに倒れて動かなくなった。

  ◇

 赤肥留の体液で汚れた短剣の刃をきれいに拭いながら、手をあげるとコクテイの背にいるトパスが手を振り返しつつ「お見事」と言った。

 ひと仕事終えて自分の荷車のところに戻ると、「おつかれさん、さすがは第一等級の御者だな、鮮やかなもんだ」とモリブやベテラン組は褒めてくれたが、肝心の若い連中の方は素直に「すごい」と感心しているのと、「あれぐらい自分でも出来るさ」と強がっているのが半々といったところ。
 まぁ、噛みつくような視線が薄れ態度がやや軟化したところを見るに、少しは御者のことを認めてくれたと思われる。
 わざわざ体を張ったかいがあったのかな?

 ふたたび道行きを再開するも、その後は特に襲いかかってくる相手もなく、天気が崩れることもなかったので順当に距離を稼ぐ。
 緑迷海へと立ち入ってから三日目の昼過ぎ。
 俺たちはようやく目的地である亡都ツユクサへと到着した。


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