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051 車房
しおりを挟む壁に立て掛けられてある様々な工具類や部品。
威勢のいい声が飛び交い、室内にけたたましく鳴り響くのは金槌にて鉄を打つ音。
炉から漏れる熱気が充満し、じっとしているだけで汗ばんでくる空間。
幌や車輪を外され、専用の台に載せられている荷車。
その周囲で忙しなく動いている職人たち。
ここは城塞都市ソーヌ運送組合支部に隣接する車房。
御者たちが使用する荷車は運送組合の持ち物にて、仕事のたびに貸し出される仕組みとなっている。
出先から戻ってきた荷車は荷下ろしが済み次第、車房に収容されてただちに点検整備が施される。
車房とここに勤める職人たちは御者のお仕事を支える縁の下の力持ち。彼らの働きが仕事の成否の鍵を握っていると言っても過言ではない。
なぜなら仕事中に荷車に重篤な異常が発生すれば、即失敗どころか、死にも直結しかねないのだから。
「よぉ、どんな具合だい?」
ふらりと立ち寄り、俺が声をかけたのは周囲にガラガラ声にて指示を飛ばしている男。
彼はこの車房を執り仕切っているヤダン。
頑固一徹の職人気質にて、すでに老境に差し掛かっているというのに、その辺の若いのよりもよほど筋骨隆々で達者な御仁。
「おう、ダイアか。お前のところはてえしたことねえよ。ちょいと車軸が歪んで、車輪の連結部分が摩耗していただけだ。三日もあれば片がつく。問題はトパスの方だな」
「あー、やっぱり。このまえずいぶんと無茶をしたから」
亡都ツユクサにて発生した防衛戦。
突如として地下施設より沸き出した三百体にもおよぶ自動人形たち。
これを相手にしての切ったはったを半日以上も続けたもので、防塞として利用された三両編成の鉄製大型荷車は、かなりボコボコにされてしまった。
あげくに重たい荷物をたんまり詰め込んでの凱旋だったもので、車房に届けられたときにはすっかりガタがきていたという次第。
「ありゃあダメだ。大事なところの根っこが痛んじまっている。いったん全部バラして総とっかえだな。部位によっては一部中央から取り寄せになるだろうし、トパスは当面休業決定だ」
トパスの相棒は竜種の血を引く甲鎧蹄亜目の大型騎獣コクテイ。
その頑強かつ強靭な巨体ゆえに歩みは遅いが一度に多くの荷を運べるのが強み。けれどもそれを最大限に活かすには大型の連結車両が必要不可欠。
「ふーん、まっ、べつにいいんじゃねえの。この前の依頼でかなり稼げたはずだから。たまには家族水入らずでのんびり過ごすのも悪くないさ。というか、いくら仕事だからってあんまり家を留守にしていたら、しまいには娘さんから顔を忘れられかねないし。もしもそんなことになってみろ。トパスのヤツ、自棄酒にて酔っ払ったあげくに六節槍・竜尾をぶん回して、血の雨を降らせるぞ」
「くっくっくっ、ちげえねえ」
俺とヤダンがやくたいのない話題で盛り上がっているところに、ひょっこり姿をみせたのは支部職員のジル。
「あっ、ダイアさん、支部長が手が空いてからでいいんで、ちょっと顔を出して欲しいと仰ってましたよ」
べつに急ぎというわけではなさそう。だがあんまり長居をしてヤダンの仕事の邪魔をするのも悪いので、そろそろお暇することにする。
「じゃあな」と去り際に俺は肝心なことを言い忘れていたことに気がついて、あわててふり返った。
「仕事がひと段落ついたらみんなで酒場で好きにやってくれ。勘定はこっちにツケるように言ってあるから」
「おう、そいつは助かる。いつも悪いな。おい、お前ら、聞いたか? 第一等級御者のダイアさんの心遣いだ。せいぜい感謝して仕事に励みやがれ!」
ヤダンの声に反応して「あざーっす」「ごちになりやす」との歓声がそこかしこからあがる。
それらには適当に手を振って応えつつ、俺は車房をあとにした。
◇
支部長室の扉を軽く叩きながら「ダイアです」と名乗れば、「入れ」とのナクラの声。
室内には支部長のナクラのほかにトパスの姿もある。
それで俺はすぐにピンときた。
どうやら呼ばれた理由は、この前の亡都ツユクサの一件についてのことらしいと。
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