御者のお仕事。

月芝

文字の大きさ
51 / 121

051 車房

しおりを挟む
 
 壁に立て掛けられてある様々な工具類や部品。
 威勢のいい声が飛び交い、室内にけたたましく鳴り響くのは金槌にて鉄を打つ音。
 炉から漏れる熱気が充満し、じっとしているだけで汗ばんでくる空間。
 幌や車輪を外され、専用の台に載せられている荷車。
 その周囲で忙しなく動いている職人たち。

 ここは城塞都市ソーヌ運送組合支部に隣接する車房。
 御者たちが使用する荷車は運送組合の持ち物にて、仕事のたびに貸し出される仕組みとなっている。
 出先から戻ってきた荷車は荷下ろしが済み次第、車房に収容されてただちに点検整備が施される。
 車房とここに勤める職人たちは御者のお仕事を支える縁の下の力持ち。彼らの働きが仕事の成否の鍵を握っていると言っても過言ではない。
 なぜなら仕事中に荷車に重篤な異常が発生すれば、即失敗どころか、死にも直結しかねないのだから。

「よぉ、どんな具合だい?」

 ふらりと立ち寄り、俺が声をかけたのは周囲にガラガラ声にて指示を飛ばしている男。
 彼はこの車房を執り仕切っているヤダン。
 頑固一徹の職人気質にて、すでに老境に差し掛かっているというのに、その辺の若いのよりもよほど筋骨隆々で達者な御仁。

「おう、ダイアか。お前のところはてえしたことねえよ。ちょいと車軸が歪んで、車輪の連結部分が摩耗していただけだ。三日もあれば片がつく。問題はトパスの方だな」
「あー、やっぱり。このまえずいぶんと無茶をしたから」

 亡都ツユクサにて発生した防衛戦。
 突如として地下施設より沸き出した三百体にもおよぶ自動人形たち。
 これを相手にしての切ったはったを半日以上も続けたもので、防塞として利用された三両編成の鉄製大型荷車は、かなりボコボコにされてしまった。
 あげくに重たい荷物をたんまり詰め込んでの凱旋だったもので、車房に届けられたときにはすっかりガタがきていたという次第。

「ありゃあダメだ。大事なところの根っこが痛んじまっている。いったん全部バラして総とっかえだな。部位によっては一部中央から取り寄せになるだろうし、トパスは当面休業決定だ」

 トパスの相棒は竜種の血を引く甲鎧蹄亜目の大型騎獣コクテイ。
 その頑強かつ強靭な巨体ゆえに歩みは遅いが一度に多くの荷を運べるのが強み。けれどもそれを最大限に活かすには大型の連結車両が必要不可欠。

「ふーん、まっ、べつにいいんじゃねえの。この前の依頼でかなり稼げたはずだから。たまには家族水入らずでのんびり過ごすのも悪くないさ。というか、いくら仕事だからってあんまり家を留守にしていたら、しまいには娘さんから顔を忘れられかねないし。もしもそんなことになってみろ。トパスのヤツ、自棄酒にて酔っ払ったあげくに六節槍・竜尾をぶん回して、血の雨を降らせるぞ」
「くっくっくっ、ちげえねえ」

 俺とヤダンがやくたいのない話題で盛り上がっているところに、ひょっこり姿をみせたのは支部職員のジル。

「あっ、ダイアさん、支部長が手が空いてからでいいんで、ちょっと顔を出して欲しいと仰ってましたよ」

 べつに急ぎというわけではなさそう。だがあんまり長居をしてヤダンの仕事の邪魔をするのも悪いので、そろそろお暇することにする。

「じゃあな」と去り際に俺は肝心なことを言い忘れていたことに気がついて、あわててふり返った。

「仕事がひと段落ついたらみんなで酒場で好きにやってくれ。勘定はこっちにツケるように言ってあるから」
「おう、そいつは助かる。いつも悪いな。おい、お前ら、聞いたか? 第一等級御者のダイアさんの心遣いだ。せいぜい感謝して仕事に励みやがれ!」

 ヤダンの声に反応して「あざーっす」「ごちになりやす」との歓声がそこかしこからあがる。
 それらには適当に手を振って応えつつ、俺は車房をあとにした。

  ◇

 支部長室の扉を軽く叩きながら「ダイアです」と名乗れば、「入れ」とのナクラの声。
 室内には支部長のナクラのほかにトパスの姿もある。
 それで俺はすぐにピンときた。
 どうやら呼ばれた理由は、この前の亡都ツユクサの一件についてのことらしいと。


しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冒険野郎ども。

月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。 あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。 でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。 世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。 これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。 諸事情によって所属していたパーティーが解散。 路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。 ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる! ※本作についての注意事項。 かわいいヒロイン? いません。いてもおっさんには縁がありません。 かわいいマスコット? いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。 じゃあいったい何があるのさ? 飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。 そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、 ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。 ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。 さぁ、冒険の時間だ。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...