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071 大樹の墓場
しおりを挟む眼下に広がる鬱蒼とした森が突如として途切れる。
かわりに姿をあらわしたのは、緑が死滅した灰色の荒地。
むき出しの地面に転がるのは、半ば石化しつつある倒木の残骸たち。
飄々と吹くのは命のニオイが微塵もしない風。
陰気な沈黙、募る寂寥感。とても同じ森の中にある空間とは思えない場所。
大樹の墓場だ。
ウイザが操るセキソツが上空へと差しかかったところで、俺は拡張能力を発動。目に意識を集中し視力を強化。視界を広げ遠見を実行し危険がないかを調べる。
大戦時の爆撃により様相を一変させた地。
その際に生じた熱波の被害は、木々のみならず土壌深くにまで影響をおよぼす。
荒廃の一途を辿っており、地表を動く影はどこにも見当たらない。
だからとて油断はならない。危険生物たちの中には擬態に特化したヤツもいるからだ。
哨戒活動に勤しんでいた俺はウイザの肩を叩き、前方の一点を指差す。
ぱっと見には倒木が寄り重なっているだけにしか見えない。
だがその表面に一本だけ青々とした二葉の新芽が生えている。
灰色の中にやたらと不自然に映える緑。
「たぶんカキンチャクだ。すぐに高度をあげるか、迂回をした方がいい」
カキンチャクとは慮骸の一種のこと。植物系にて緑の慮晶石を持つ。
本体は地面の下にあって、ああやって新芽を地上に出しては、それを目当てに集まってくる獲物を捕食する。
これだけならば近づかなければ問題なさそうだが、そこは野生化した生体兵器の末裔。
根を動かしては地上に這い出し移動もすれば、種を砲弾のように飛ばし獲物を仕留めたりもする。うっかりカキンチャクの感知域に踏み込んだら、たちまち攻撃をされるから注意が必要。
俺の忠告を受けて手綱を操作するウイザ。
とたんにセキソツが右へと旋回を開始。ウイザは迂回することを選択する。高度を上げて頭を越えたほうが手っ取り早いが、空模様がそれを許してくれそうにないからだろう。
いまにも落ちてきそうな曇天。さほど高い位置を飛んでいるわけでもないのに、雲がずいぶんと近くに感じる。圧がすごい。
地表には薄い靄が垂れ込め始めており、緩やかな渦を巻いてはじょじょに濃くなりつつある。
「吹雪くかな?」俺がたずねたら、「ここにきて気温が急に下がったから、たぶん」とウイザがうなづく。
となれば天候が本格的に崩れる前に、どこか安全なところに降りてやり過ごす必要がある。
ウイザには避難場所に心当たりがあるようで「任せておきな」と請け負った。
◇
空の騎獣・銅蜻蛉のセキソツは濡れることを嫌う。
翼を持つ者の大半がそうなのだが、少しぐらいならば濡れても飛べるが、どうしても体が重くなって機動力が大幅に落ちるから。
騎獣が神経質にもなるがゆえに、野営のときにはいっそう気を配る必要がある。
だから空の御者は、各地に自分だけが知る休息場所の情報をいくつか秘匿しており、ときには空の御者間において、その情報が高額にてやり取りされることさえもある。
今回、手札をひとつ切ることになったウイザより「誰かにバラしたら承知しないよ」とクギをさされて、俺は「もちろん」と苦笑い。
今夜の野営地としてウイザに案内されたのは、大樹の墓場内にある浅く低い幅広な洞窟。
上空からでは周囲の地形と見分けがつかず、地上に降りてからも緩やかな起伏に入り口が隠されており、かなり近寄らないとわからない。
便宜上、洞窟と称したが、実態は平べったい岩の出っ張りを屋根に持つ窪みに近い形状。
セキソツが身を低くしてどうにか潜り込める程度の高さしかなく、俺たちも場所によっては頭を下げないと、じょりっと頭頂部をこすりそう。
周囲と内部の安全が確認できたところで、先にウイザたちを洞窟に収納する。
彼女がセキソツの世話をしているのを横目に、俺と相棒は万能布を広げ、拾ってきた倒木や石を使っては、入り口を隠す作業に精を出す。
作業の途中で、ついに赤い雪がチラチラと降りはじめた。
頬に当たる風も強くなりつつある。
じきに吹雪が来る。急がないと。
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