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113 黒の慮晶石
しおりを挟むいまだ正式にガロン家を再興したわけではないが、これも血の成せる御業か。
リリンが挙手し発言を始めたとたんに、ざわつくばかりであった会議場がしぃんと静かになった。みながすっかり耳を傾ける姿勢になったところで、彼女がずっと首から下げていた小袋を取り出す。
小袋の中身は精緻な細工が施された胸飾り。
リリンが母親より託された品だというが、問題はそこではない。みなの視線を集めていたのは胸飾りの中心にあしらわれた黒い宝珠。
慮晶石である。
慮晶石は生体兵器・慮骸の核にして動力源となるモノ。
いかに強力かつ狂暴な慮骸とて、これを切り離されては稼働を続けられずに、再生もかなわず死に至る。
石には赤青緑の三原色を基本とし、組み合わせにより色が黄や紫に変化した混じりモノと呼ばれる種類がある。大きさや色味、純度などによって価値はピンキリではあるが、なかでも別格とされているのが、黒と白の慮晶石である。
黒と白の慮晶石を持つ慮骸は天災級にして規格外のバケモノ。
現在の人類の文明程度では、どう逆立ちしても勝てない相手。
ゆえに、手に入れるのはほとんど奇跡に近い偶然があってこそ。
白の慮晶石にまつわる廃棄騒動。数多の御者と騎獣を巻き込んでの、奈落近辺にて生じた激しい争奪戦については、まだ記憶に新しいところ。
超巨大な慮骸を動かすほどの力を秘めた白の慮晶石。使い方次第では後退した文明を大きく前進させることも可能。
が、いまだ人類にはその資格はない。そこで危険物として泣くなく廃棄されたわけだが。
白を最上位とすれば、黒はそれに準ずる力を有しており、これもまた扱い方を誤れば甚大な被害をもたらしかねない。
それがいま目の前に……。
◇
会議室に集った全員が固唾を呑んで見守る中、リリンが口を開く。
「これは代々、我が家に伝わる品ですが、これを対慮骸アカシオの切り札に使えないでしょうか」
都市にあるありったけの火薬や油などをかき集めたところで、アカシオの侵攻はとても止められない。
ならばより強力な品を使えばとの姫さまの考え。
理屈はわかる。だが、それを有効に使用するだけの知識と技術が、ここ都市アジエンにあるとはとても思えない。それどころか、下手なマネをしてアカシオに黒の慮晶石を吸収されたら、それこそ世界が終わるかも……。
なんぞと俺が考えていたら、いつのまにやらリリンがじっとこちらを見ていた。
すると名誉の負傷により松葉杖が必要な体となりながらも、末席に加わっていた守備隊の若手のサッシーが「あっ!」と手を叩き「おっさんと相棒のメロウなら、イケるかも」とか言い出し、俺はギョッ。
俺の相棒である、芸達者な緑のスーラの得意技。
魔晶石の欠片を体内に取り込んで、属性を込めた弾丸を射出する「スーラ弾」
それを使えば黒の慮晶石とて活用できるはず。
リリンやサッシーの視線がそう言っている。
だがしかし、それはあくまで机上の空論に過ぎない。
そもそもの話、これまで「スーラ弾」で用いてきたのは、安価な装飾品に流用するぐらいしか使い道のない、クズ石と呼ばれる欠片ばかり。品質のいい高純度の慮晶石を使用したことは皆無。ましてやそれが黒となれば、どのような不測の事態を招くことになるか想像もつかない。
だからそういって断わったのだが、リリンは一歩も引かない。
「それでも可能性は零ではないのですよね。しかし、このまま手をこまねいていれば、みんな確実に死にます。ならば、私はほんのわずかにでも可能性のある第一等級御者と騎獣に賭けてみたいと思います」
衆人環視の中、若い娘から真っ直ぐに見つめられ、こう言われてなおも「イヤだ」と首を横に振れる者が、いったいどれほどいるだろうか。
俺は無理だった。
せいぜいが「ちくしょう。どうなっても知らねえからな」と返すのが精一杯。
しかしそれすらもが、笑顔であっさり受け流された。
リリン・ガロン。
すべてをわかった上でやっているとしたら、これほど性質が悪く、そしてこれほど頼もしい姫さまもそうはいまい。
もしも今回の難局を乗り切ることができたら、旧ガロン領は安泰だな。
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