にゃんとワンダフルDAYS

月芝

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012 キャットイヤーは六万ヘルツ

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 閉じ込められているキャリーケースの扉には、留め金がついている。
 つまみをひねるタイプの簡単なモノ。
 なのだけれども、ネコの手にはちとあまる。
 かといって、ここで人の姿に戻るわけにもいかず……
 さて、どうしたものやら。和香が途方に暮れているうちに、ワンボックスカーは停車した。
 サイドブレーキをかけエンジンを切り、男たちは乱雑にドアを開けて車外へと。
 どうやら目的地に到着したらしい。

 ちょっと埃っぽい。
 乾いた風には鉄サビのニオイがまじっていた。
 周辺に人の気配はなく閑散としている。主要道路からも離れているのか、ときおり聞こえてくる車の走行音が遠い。
 似たような箱型の建物が並んでいるが、軒並みシャッターが閉じている。
 ずいぶんと寂れた場所だ。
 車が横づけしていたのは、その一角にあるプレハブ倉庫の前であった。

「うにゃにゃ? (あれ、ここってもしかして……)」

 この場所に和香は見覚えがあった。
 郊外にある町工場(まちこうば)が集まっているところだ。
 低学年の頃に社会科見学できたことがある。
 あの時は、もっと活気があったはずなのに、いまではひっそりしており、機械の音とかがまったくしていなかった。
 もしかしたら全部潰れてしまったのかもしれない。
 そういえば見学したときに、案内してくれたお爺ちゃんが、後継者不足がどうたらこうたら言っていたような……

 まぁ、それはさておき。
 おもったよりも近場であった。
 遠方にまで連れ去られていないことに、和香は安堵する。
 いざともなれば紅葉路を通って帰れるけれども、やはり不安であったのだ。
 おかげでちょっと冷静になれた。

 サングラスの男が倉庫のシャッターをガラガラ開けたとたんに、もわんと漂ってきたのは獣臭。
 屋内には大小のキャリーケースが所狭しと置かれており、カラのものもあれば、動物が入っているものもある。
 ネコだけかとおもいきやイヌの姿もあった。
 それ以外にも大きなアレは……たぶんリクガメ? なんかも混じっている。
 メダカやコイが泳いでいる水槽もあった。
 どうやら男たちはただのネコさらいではなくて、手広くペット泥棒を生業(なりわい)としているらしい。
 けど、これはこれで世話が大変そうだ。
 小学校の飼育小屋の係でもひと苦労だというのに。
 いくら元手がタダでも、エサ代や光熱費などもバカにならないだろう。
 手間ばかりにて、なんだか割に合わなさそうである。
 専門知識も必要だから勉強も必要だ。
 ならばその分の労力と熱意をもっとちがう方面に注いだらいいのに。
 と、和香は口をへの字に結んだ。

 チンピラ風の弟分がワンボックスカーのバックドアを開き、慣れた様子にて積んできたキャリーケースをせっせと運び出しては、倉庫内へ搬入していく。
 一緒にさらわれてきた子たちは、まだぐったりしておりおとなしい。
 目を覚ましていた和香も、ここは寝たふりにてやり過ごす。
 いよいよ自分の番になった。

「おまえはべっぴんさんだから、特別にVIP室へとご招待だ。いい子にしていたら、あとでちゃるチュールをやるからなぁ」

 なんぞと調子のいいことを口にする弟分。
 ちなみにちゃるチュールとは液状スティックタイプのぺット用のおやつにて、ネコたちから絶大な支持を得ている商品である。これを与えているペット動画がインターネット上にはごまんとあふれている。

(むぅ、さらっておいて何を勝手なことを……)

 ムカついていたけどここはガマン、和香はツンと無視して丸まったまま。
 でも不意に耳がヒクリ。

 カサササッ――

 かすかに聞こえたのは、何者かが素早く動く物音。
 ネコの耳はとても優秀だ。人が聞こえるのは約二万ヘルツなのに対して、ネコは約六万ヘルツまで聞こえるといわれている。加えて可動域も広くてクルクル動くゆえに、「動くパラボラアンテナ」の異名を持つ。聴神経は人よりも一万多い四万本もあって、耳の先に生えている房毛(ふさげ)は超音波をも捉える。
 和香はチンピラ風の弟分にバレないように、こっそり薄目を開けてたしかめようとするも残念、角度的に無理だった。
 ちらりと弟分の顔を盗み見れば、鼻歌まじりにてまるで気づいていない様子。

(はて? この倉庫にはネズミでも住み着いているのかしらん)

  ◇

 和香の入れられているキャリーケースが運び込まれたのは、倉庫内の中二階、いわゆるロフトという空間であった。
 ここがVIP室とやらのようである。
 階下はちょっとごみごみしており空気も淀んでいたのに、こちらは小綺麗にされていた。
 天井では大きめなシーリングファンがゆっくり回っており、空調が効いている。奥には白い布で仕切られた場所もあった。そこには照明ライト、三脚、カメラ、光を反射するレフ板なんかの機材と専用の撮影台がある。ノートパソコンは編集用か。
 どうやら自前の撮影ブースらしい。
 わざわざこんなものを設けているのは、さらってきたペットを売りさばくにしても、映える写真でアピールする必要があるからだろう。
 仕入れから販売促進活動まで自分たちで行っている。
 たいしたものだけど……、やはりそのマメさをどうしてまともに活かせないのか?
 和香は「はぁ」と嘆息せずにはいられない。

 VIP室には先客がいた。
 毛のないネコ――スフィンクスだ!
 ネコの醍醐味であろうモフモフはないけれど、よくよく見てみれば毛はちゃんとあった。産毛程度だけど。あとお髭がない! 知らなかった……でもこれはこれでかわいい!
 宇宙人と少年との心温まる交流を描いた某名作映画、それに登場する主要キャラのモデルとしても有名なネコだけれども、たしかにタダ者じゃないオーラがある。

 チンピラ風の弟分がいなくなったところで、和香はおもいきってスフィンクスに話しかけてみることにした。
 すると気だるげな声にて「ごろごろにゃ~ご。(またマヌケが捕まったのか、ご愁傷さま)」と言われた。
 オスのスフィンクスは、すでにもろもろを諦めているのか、それきりそっぽを向いて口をつぐんでしまう。
 どうやら新参者と馴れ合うつもりはないらしい。


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