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032 タヌキの宝箱
しおりを挟むサンがフォルの手に落ちた。
人質ならぬタヌキ質をとられ、和香たちは身動きを封じられる。
フォルが目配せし、配下の者たちが一斉に飛びかかってきたもので万事休す。もわんと押し寄せる獣臭、たちまち圧倒的モフモフによって押しつぶされてしまった。
和香とパウロも囚われ、フォルの前へと引きずられていく。
首根っこを押さえつけられる。地べたに這いつくばらされ、宝箱も奪われてしまった。
宝箱とサンと。
両方を手中におさめたフォルはご満悦である。
和香とパウロは屈辱的な格好をしいられ、小憎たらしい奴の顔を見ていることしかできない。
パウロはフォルをねめつけ、なおも気概を失っていないようだけれども、事態はかなりひっぱくしている。
(くっ、もはやこれまでかな。こうなったら最後の手段だ。わたしが人間の姿に戻って……)
ネコがいきなり人間になったら、さぞやびっくりして現場は大混乱に陥るだろう。
驚きのあまりタヌキ寝入りでもしてくれたら、もっけの幸い。
どさくさにまぎれてサンとパウロを救出するのだ。
そうと決めた和香は機会をうかがう。
でも、ここから話の流れがちょいとおかしな方へと向かい始める。
偉大な祖先である文太親分が残したタヌキの宝箱。
落ち着いた渋い色味にて、模様が美しい寄せ木細工だったのだけれども……
「ンギィイィィィィ。(あ、開かねえ)」
お待ちかねの御開帳タイム。
フォルがさっそく箱の中身を確かめようとするも、肝心のフタがビクともしやしない。さりとて鍵がかかっているわけでもなく。
タヌキの宝箱――ただの箱ではなくて、からくり箱であった。
からくり箱とは別名・秘密箱とも呼ばれており、押したり、揺らしたり、ズラしたりと、決まった手順を踏まないと開けられない巧妙な仕掛けになっている。
ようはパズルのようなもの。これを解かないと開けられない。
そうとは知らぬフォルは思い通りにならない箱に、ムカッ! 怒りのままに石へ投げつけ壊そうとするも、さすがにそれはマズイと配下の者たちがあわてて止めた。
なにせ文太親分が残した宝箱は、己が権威を高め、後継者としての正統性を示すのに役立つであろう品である。ありがたがって押し戴きこそすれ、粗略に扱うのだなんてもってのほかだ。
もしも壊したのがバレたら、周囲に認められるどころか逆に責められるだろう。
よって無理やり箱をこじ開けるのは絶対にダメだ。
かといってどんぐり山のタヌキたちに、からくり箱を開ける知恵なんぞはない。
この場にて、箱を開けられそうなのは和香ぐらいであろう。
(およ? もしかしてこの状況……利用できるかもしれない)
ピコンと和香は閃いた。
宝箱を開けるのに協力するフリをしつつ、どうにかしてパウロに自分の考え、起死回生の一手を放つことを伝える。
でないと、いきなり人間の姿になったらサンやパウロたちまで驚かしてしまい、いっしょにコテンと気絶してしまうかもしれないから。そうなっては本末転倒である。
よし、そうと決まれば……
「にゃにゃにゃのな~ん。(あのう、もしよろしければ、わたしが開けましょうか)」
和香はネコなで声で申し出た。
でもその代わりに、自分だけは助けて欲しいとの条件にて。
よもやの裏切り行為、サンとパウロが悲しそうな顔をするも、それには心の内でわびておき、和香は揉み手でヘコヘコ。
もちろん本心ではない。あくまで演技である。わざわざ交換条件を付けたのは、そうしたほうがきっと相手が信用すると考えたから。悪党ほどタダより高いものはないことを知っている。なまじ計算高いがゆえに、損得勘定のない取引ではダメなのだ。
すると案の定であった。
フォルは「グフグフグフ、ウユン。(いいだろう。うまくいったらおまえは許してやる)」と取引に応じた。
◇
レンガよりひと回りほど小さい箱を前にして、和香はムムム。
ここまでは計画通り。
でも、いざ実物に触れてみて和香は思わずうならずにはいられない。
からくり箱ならば祖母の斗和が所持しているので、和香も見知っていた。小さな頃にはおもしろがって、よくオモチャにしていたものである。
だがしかし、文太親分が残した品はそれよりもずっともっと高度なからくり細工であったのだ。
(なによ、これ? うそでしょう……うちのよりも複雑なんですけど)
斗和のからくり箱は、開けるまでに十六の操作が必要となっていた。パズルとしての難易度はなかなかのものである。
比べてタヌキの宝箱は、それをさらに上回っているっぽい。
(二十……ううん、下手をしたら三十を越えるかも)
職人の技術の粋が込められた伝統工芸品である、からくり箱の世界は奥が深い。
すごいのになると、開けるまでに五十以上もの手順を踏む品もあるんだとか。
文太親分がどのような経緯で、このような逸品を手に入れたのかはわからないが、これはひと筋縄ではいきそうにない。
「グルルルル。(はやくやれ)」
フォルに急かされ、和香は内心イラっとしつつも、タヌキの宝箱の開封に着手した。
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