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058 魂の慟哭
しおりを挟む「ぎゃん!」
吹き飛ばされたコテツ。
もう何度目のことであろうか。
ルナちゃんへと近寄ろうとするたびに、彼女の背後より立ち昇る半透明の何か――おそらくはルナちゃんのお母さんの亡霊にして、巷を騒がしている『狼爪の切り裂きジャック』の正体――による攻撃を受けてのことであった。
繰り返すうちに、ついにはろくに受け身もとれなくなり、コテツは屋根に叩きつけられる。
それなのにコテツはへこたれない。ヨロヨロと立ち上がっては「なぁ~ご。(けっ、こんなの屁でねえぜ)」と不敵な笑みを浮かべ、またルナちゃんのもとへ向かおうとする。
コテツががんばっている。
和香とホワイトナイトはそんな彼を見守ることしかできない。
動物と人間と。
どちらの味方をするのか?
和香の中で答えはまだ出ていない。
いまのところ動物たちはじっとしている。みんな虚ろな目をして、ぼんやりしている。
どうやらルナちゃんと同じく、彼女のお母さんの亡霊に操られており、現在は指示待ちの状態のようだ。
ならば、いまのうちに少年をこの場から連れ出したいところだが、肝心の少年が動けそうにない。
ふたたび視線を拝殿の屋根の上へと戻す。
拒絶するルナちゃんと意地のコテツ、二頭のせめぎ合いが続いている。
一方的にやられてズタボロにされていくコテツだが、攻撃をしているルナちゃんの方にも変化があった。
ルナちゃんは泣いていた。
ばかりか小さな体を震わせ、ヤダヤダと抵抗しているではないか。
ルナちゃんも本当はコテツを傷つけたくなんてないのだ。
なのに……
和香はおもわず「にゃーっ! (もうやめて!)」と叫ぶ。
ルナちゃんのお母さんが受けた仕打ち、家族にされたことをおもえば、怒りはごもっとも。中学生たちに強い恨みを抱いたとてしょうがない。
だからとてこれはちがう。母親ならば、我が子を自分の復讐に巻き込むべきじゃない。あまつさえ泣きながら嫌がっている幼子に無理強いするとか、そんなのは絶対にまちがっている!
思いのたけを和香はぶちまけた。
すると、ルナちゃんの身がびくりと震えて、背後にて揺らめいていた半透明な何かがいっきに数倍にも膨れ上がり、聞こえてきたのは……
『だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれぇえぇぇぇーっ』
それは絶叫にも似た怨嗟の声。
境内の空気がびりびりと震えた。
その場に居たすべての動物たちの毛がゾワゾワと逆立つ。
いよいよ姿をあらわにした亡霊が、和香をギンとにらむ。
『知った風なことをほざくな! いったい私たちが何をしたというのだ? ただ……、ただ家族で身を寄せ合って静かに生きていただけだというのに、それなにっ! それなのにっ!』
魂の慟哭(どうこく)。
刹那、境内の空気が変わった。
さらに一段気温が下がり、虚ろだった動物たちの瞳に妖しい光が宿る。
明確なる殺意が波動となり拡がり伝わっては、現場に満ち充ちてゆく。
停まっていた動物たちがのそりと動き出した。少年へとにじり寄る。
ばかりか和香たちの方へも向かってきた。
とっさに前に出て、和香を庇うホワイトナイト。
白いシェパードが牙を剥き出しにして「ガルルル」と威嚇する。
動物たちの足が止まった。
が、効果があったのはほんのわずかな間だけのこと。
怯えよりも、亡霊からの指示の方が強いらしく、彼らはすぐに動き出す。
この様子にホワイトナイトは舌打ち。
いかにホワイトナイトが強かろうとも、相手の数があまりにも多すぎる。操られているだけだとわかっているので、うかつに傷つけることもできない。ましてや和香を守りながらでは。
こうなれば一時撤退を……といきたいところだが、すでに退路も塞がれており逃げられない。
身構えるホワイトナイトと和香。
そこに亡霊の無慈悲な号令が降ってくる。
『やってしまえ』
それを合図に一斉に動物たちが飛びかかってきた。
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