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「フロティナ・ヴィエントさんですか……?」
婚約が決まってしばらく経つと、フロティナの職場に一人の女性がやってきた。
「は……はい」
フロティナは汚れてしまった仕事着を脱ぎながら対応をする。
人間のお客さんが単独で訪れるのは珍しい。
「あ、あの……!バルカン……バルカン・ストライカーと婚約を止めて欲しいんです!」
非常に言いにくそうにモゴモゴと口ごもっていた女性が意を決したようにそう言った。
「……え?」
「あなた……噂は知っています。淫乱フロティナさんですよね?」
「え……!?」
フロティナは初めて聞く自分のとんでもないあだ名に目を丸くする。
(なんてこと!?私……陰で淫乱フロティナなんて呼ばれているのですか!?)
フロティナが内心ショックを受けているなんて気づかない女性は、彼女に畳みかけるように言った。
「私……バルカンのことは小さい頃から知っていて、バルカンのことそそのかすのは止めてください!」女性は目に涙を貯めながら言った。
フロティナも泣きそうだ。(淫乱だなんて……!酷い言われようだわ!)
「あの……お言葉ですが、私そそのかしたつもりは……」
「嘘よ!彼とても真面目なんです。本来ならあなたと結婚するような人じゃないんです。優しくて勇敢で……」
フロティナはとんでもない言われようにショックを受ける。
(ひ、酷い!)
「あの人は自分の国で暮らすのが合っているんです……彼をあなたの人生に巻き込まないでください。お願いします……本来なら……国を出る予定じゃなかったのに」
女性はしくしくと泣きながら俯いた。
フロティナはその様子を見て……(なんてメンドクサイのだろう……)と正直思ってしまった。
この前の顔合わせのとき、バルカンは明らかに乗り気じゃなさそうだった。
イケメンなので少し名残惜しいけれど、こんな幼馴染がいる男性と結婚するのは非常にメンドクサイ気がしたのだ。
(私も相手も別にそこまでこの婚約に思い入れはないし……)
だからフロティナは走り去る女性の背中を眺めながら思いました。
絶対婚約を解消しようと――――
バルカン・ストライカー……大体にして彼はこの婚約に乗り気ではないのだ。フロティナは顔合わせの際に見せた婚約者の様子を思い出し、少し苦笑いをした。
「はじめまして。バルカン・ストライカ―です」バルカンを名乗った男性は、それきり冷たい眼差しをフロティナに送ったまま沈黙した。
「はじめまして、私はフロティナ・ヴィエントです。お会いできて光栄でございます」
フロティナは初めて顔を合わせた婚約者が若干塩対応なのが気になりはしたけれど……ニッコリ笑って挨拶をした。
(……思ったよりクールな男性かもしれない。それにしても素敵なお顔立ちだわ)フロティナはそう思って俯いた。それと同時に嫌な想像をしそうになって心の中で首を振る。
本当に望まれているのかしら……なんて。
そんな彼と仲人に言われるがままに庭を歩いた。
彼は終始無言で、フロティナはとてもとても気まずくて……下を向いて歩き続けた。
顔合わせに利用されたこの食事処は、とても立派な庭があって……吹き抜けが外に繋がっているので、実際に日の光や小鳥の声がする。フロティナはそれに救われたような気がしていた。
これがなければこの重苦しい空気と、沈黙に耳が痛くなっていたことだろう。
(ん……?そもそもこの庭がなければこんなことになっていないんじゃあ……)真実にたどり着きそうになったフロティナだったが、その時……バルカンの靴紐がハラリと解けたのが見えた。
「あ、靴紐が……」フロティナがそれを指摘すると、彼は表情一つ動かさず、しゃがみこむと靴紐を淡々と結んでいる。
その時……フロティナは気付いた。
(初対面じゃない……)
その顔を伏せた時の様子が……先月のパーティーで会った男性と似て……いや、全く同じだったからだ。
「やっと思い出しましたか」
バルカンがため息混じりにそう言うと立ち上がる。
そして「……我々の祖先の掟、初めて親密になった女性と婚姻しなければならない。余計なことをしてくれましたね」と非常に面倒くさそうに告げて来たのだ。
「……え?そんな……」
「…………あなたを愛することはないでしょう。俺には想い人がいますから。でも婚姻は結ばなければならない。あなたのせいです」バルカンは憎々しげな視線をフロティナに送ると立ち上がり、さっさと歩き出す。
フロティナは正直ショックだった。
余計なことを――
そう言われたことも勿論、自分が人助けだと思っていたことが否定されて……フロティナはそれもショックだった。(私って本当に独りよがり……)
フロティナはぼんやりとその広い背中を眺めながらバルカンに初めて会った時を思い出す――――
それは久しぶりに出席したパーティーでのことだった。
今思えば出席しなければよかったのかもしれない。
「どうだい?今夜……もう君は予定があるかな?」
「そうですね……今日はもう予定がありますの」と妖艶に微笑んだ。
「それは残念、じゃあ私は次の機会とするよ」男性はその言葉を聞くと、両手を顔の横に上げて、少しおどけた。
「ふふふ……」
フロティナは突然話しかけてきた見知らぬ男性に微笑む。
(今日は家に帰ってのんびりお風呂に入る予定がございますのよ♡)
その後も次々と男性に話しかけられたフロティナは、なんだか疲れてしまい庭に出ることにした。
(久しぶりに出席したから……なんだか人気者だわ♡なーんてうぬぼれ屋さん♡)
今思うとそれもよくなかった。
庭になんか出ずにすぐ、帰ればよかったのだ。
婚約が決まってしばらく経つと、フロティナの職場に一人の女性がやってきた。
「は……はい」
フロティナは汚れてしまった仕事着を脱ぎながら対応をする。
人間のお客さんが単独で訪れるのは珍しい。
「あ、あの……!バルカン……バルカン・ストライカーと婚約を止めて欲しいんです!」
非常に言いにくそうにモゴモゴと口ごもっていた女性が意を決したようにそう言った。
「……え?」
「あなた……噂は知っています。淫乱フロティナさんですよね?」
「え……!?」
フロティナは初めて聞く自分のとんでもないあだ名に目を丸くする。
(なんてこと!?私……陰で淫乱フロティナなんて呼ばれているのですか!?)
フロティナが内心ショックを受けているなんて気づかない女性は、彼女に畳みかけるように言った。
「私……バルカンのことは小さい頃から知っていて、バルカンのことそそのかすのは止めてください!」女性は目に涙を貯めながら言った。
フロティナも泣きそうだ。(淫乱だなんて……!酷い言われようだわ!)
「あの……お言葉ですが、私そそのかしたつもりは……」
「嘘よ!彼とても真面目なんです。本来ならあなたと結婚するような人じゃないんです。優しくて勇敢で……」
フロティナはとんでもない言われようにショックを受ける。
(ひ、酷い!)
「あの人は自分の国で暮らすのが合っているんです……彼をあなたの人生に巻き込まないでください。お願いします……本来なら……国を出る予定じゃなかったのに」
女性はしくしくと泣きながら俯いた。
フロティナはその様子を見て……(なんてメンドクサイのだろう……)と正直思ってしまった。
この前の顔合わせのとき、バルカンは明らかに乗り気じゃなさそうだった。
イケメンなので少し名残惜しいけれど、こんな幼馴染がいる男性と結婚するのは非常にメンドクサイ気がしたのだ。
(私も相手も別にそこまでこの婚約に思い入れはないし……)
だからフロティナは走り去る女性の背中を眺めながら思いました。
絶対婚約を解消しようと――――
バルカン・ストライカー……大体にして彼はこの婚約に乗り気ではないのだ。フロティナは顔合わせの際に見せた婚約者の様子を思い出し、少し苦笑いをした。
「はじめまして。バルカン・ストライカ―です」バルカンを名乗った男性は、それきり冷たい眼差しをフロティナに送ったまま沈黙した。
「はじめまして、私はフロティナ・ヴィエントです。お会いできて光栄でございます」
フロティナは初めて顔を合わせた婚約者が若干塩対応なのが気になりはしたけれど……ニッコリ笑って挨拶をした。
(……思ったよりクールな男性かもしれない。それにしても素敵なお顔立ちだわ)フロティナはそう思って俯いた。それと同時に嫌な想像をしそうになって心の中で首を振る。
本当に望まれているのかしら……なんて。
そんな彼と仲人に言われるがままに庭を歩いた。
彼は終始無言で、フロティナはとてもとても気まずくて……下を向いて歩き続けた。
顔合わせに利用されたこの食事処は、とても立派な庭があって……吹き抜けが外に繋がっているので、実際に日の光や小鳥の声がする。フロティナはそれに救われたような気がしていた。
これがなければこの重苦しい空気と、沈黙に耳が痛くなっていたことだろう。
(ん……?そもそもこの庭がなければこんなことになっていないんじゃあ……)真実にたどり着きそうになったフロティナだったが、その時……バルカンの靴紐がハラリと解けたのが見えた。
「あ、靴紐が……」フロティナがそれを指摘すると、彼は表情一つ動かさず、しゃがみこむと靴紐を淡々と結んでいる。
その時……フロティナは気付いた。
(初対面じゃない……)
その顔を伏せた時の様子が……先月のパーティーで会った男性と似て……いや、全く同じだったからだ。
「やっと思い出しましたか」
バルカンがため息混じりにそう言うと立ち上がる。
そして「……我々の祖先の掟、初めて親密になった女性と婚姻しなければならない。余計なことをしてくれましたね」と非常に面倒くさそうに告げて来たのだ。
「……え?そんな……」
「…………あなたを愛することはないでしょう。俺には想い人がいますから。でも婚姻は結ばなければならない。あなたのせいです」バルカンは憎々しげな視線をフロティナに送ると立ち上がり、さっさと歩き出す。
フロティナは正直ショックだった。
余計なことを――
そう言われたことも勿論、自分が人助けだと思っていたことが否定されて……フロティナはそれもショックだった。(私って本当に独りよがり……)
フロティナはぼんやりとその広い背中を眺めながらバルカンに初めて会った時を思い出す――――
それは久しぶりに出席したパーティーでのことだった。
今思えば出席しなければよかったのかもしれない。
「どうだい?今夜……もう君は予定があるかな?」
「そうですね……今日はもう予定がありますの」と妖艶に微笑んだ。
「それは残念、じゃあ私は次の機会とするよ」男性はその言葉を聞くと、両手を顔の横に上げて、少しおどけた。
「ふふふ……」
フロティナは突然話しかけてきた見知らぬ男性に微笑む。
(今日は家に帰ってのんびりお風呂に入る予定がございますのよ♡)
その後も次々と男性に話しかけられたフロティナは、なんだか疲れてしまい庭に出ることにした。
(久しぶりに出席したから……なんだか人気者だわ♡なーんてうぬぼれ屋さん♡)
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